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ISSBの設立と基準原案(プロトタイプ)の公表
2021年11月、IFRS財団は国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の設立を表明しました。これにより、IFRS財団の下には国際財務報告基準(IFRS Accounting Standards)を策定するIASBと、サステナビリティ開示基準(IFRS Sustainability Disclosure Standards)を策定するISSBが並列して設置されることになりました。
ISSBの設立表明と同時にサステナビリティ開示基準の一部原案(プロトタイプ、試作品)も公表され、これとは別に、近く公開草案が公表される予定です。サステナビリティ開示基準がカバーしようとするテーマは様々ありますが、まずは気候変動についての開示基準を完成させることを目指しています。公開草案を公表した後は、コメント期間の設定の後、受領したコメントの検討を経て、2022年中にサステナビリティ開示基準の最終化が予定されています。
今回のブログでは、公開草案の公表に先立って、2021年11月に公表された基準原案について少し考察をしていきたいと思います。なお、この基準原案は、ISSBが公開草案を作成するにあたってのたたき台となることを目的にTRWG(移行準備委員会)が作成したものであり、あくまで情報共有のために公表されたものでISSBの正式なデュープロセスを経たものではありません。
基準原案から見えてくるサステナビリティ開示基準
基準原案によると、サステナビリティ開示基準は、以下の3要素から構成されるとされています。
n 原則的な開示要求:IFRS基準でいうところのIAS第1号(「財務諸表の表示」)に相当するもので、サステナビリティ開示基準についての全般的な要求事項を定めている。
n テーマに関する開示:特定の産業に関係なく産業横断的に生じるサステナビリティ要素についての開示基準。例えば気候変動など。
n 産業に関する開示:産業別に異なる開示が要求されるもの。
『Summary of the Technical Readiness Working Group’s Programme of Work』P9より抜粋
2022年度中に完成が目指されているのは、原則的な開示要求、気候変動についてのテーマ開示、気候変動についての産業別開示になります。
原則的な開示要求では、以下の点が明確にされています。
n サステナビリティ開示基準の対象範囲は、サステナビリティに関する重要なリスク及び機会に限定する。あるサステナビリティ要素が重要かどうかは、当該要素を省略したり誤って開示したりまたは覆い隠したりした場合に投資家等の企業価値評価に影響を与えるか否かにより判断する(影響を与える場合には重要と判断される)。投資家等の意思決定に影響を与えるものを開示対象としていること、及びその際の重要性の判断基準についてIAS第1号と整合的な判断基準が用いられており、国際財務報告基準(IFRS Accounting Standards)との整合性が図られている。
n サステナビリティに関する重要なリスク及び機会は、その全てが開示対象となる。2022年度中に整備されるテーマ別と産業別の開示は気候変動に関するもののみであるが、気候変動以外の重要なサステナビリティ要素もこの原則的な開示要求で捕捉される。
n 具体的な開示要求は、TCFDの4つのフレームワーク(「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標及び目標」)に沿って行う。気候変動以外のサステナビリティ要素も捕捉できるよう、開示基準の記載のされ方は気候変動のみを対象とするTCFD及び気候変動についてのテーマ開示よりも幅広くなっている。
テーマに関する気候変動開示はTCFDをベースにしています。また、産業別の開示はSASBで要求される産業別の開示をベースにしており、今回はSASBの開示要求から気候変動に関するものを抜粋して作成するようです。
また、サステナビリティ開示基準に関する適用関係については以下のとおりとされています。
n IFRSを適用していない企業(例えば日本基準を適用している企業)であっても、サステナビリティ開示基準を適用することが許容される。
n 企業は、サステナビリティ開示基準の全ての要求事項を満たしている場合にのみ、サステナビリティ開示基準に準拠しているという明確かつ無限定の(適正)意見を述べることができる。
n サステナビリティ開示基準の適用日はまだ決まっていないが、適用日以降、企業はサステナビリティ開示基準を適用しなければならない。
基準原案についての考察
あくまで基準原案ということは認識したうえで、少し考察をさせていただきたいと思います。
TCFD提言は気候変動について開示を推奨するものですが、サステナビリティ開示基準においては、企業はこれらの開示要求に従わなければならないとしています。投資家等からの情報要求に応えるため高品質かつグローバルなサステナビリティ開示基準を作成するためにISSBが設立された経緯を考えると、基準の適用を任意にすることは難しいのかもしれません。サステナビリティ開示基準の適用が任意でなく強制される場合、以下のような論点が生じるのではないかと思われます。
まず、本サステナビリティ開示基準の適用が誰に対して強制されるのかが問題になるのではないでしょうか。既にIFRSを適用している企業については、ある決められた適用日から適用が一斉に強制されるのかどうか。あるいはIFRSの初度適用と同じように、企業が任意の適用日(移行日)を選び、準備が整った段階で本サステナビリティ開示基準を適用することが許容されるのかどうか。
次に、開示が要求される内容についてですが、サステナビリティ開示基準がカバーするサステナビリティ要素は気候変動に限られません。サステナビリティ開示基準は、原則的な開示要求、テーマ開示、産業別開示の3要素により構成されますが、原則的な開示要求が捕捉しようとしているサステナビリティ要素は気候変動に限られず、重要なサステナビリティ要素は全てを含むとしています。ESGがカバーする範囲は、環境問題や人権、多様性など多岐にわたり、これら全てを原則的な開示要求で捕捉したうえで、TCFDと同じ枠組み(「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」)に基づき基準の適用日から一斉に開示を要求することは実務上難しいのではないでしょうか。TCFDのStatus Report 2021を見ても、気候変動について提言される開示項目の全てを開示している企業は少数にとどまっているようです。ISSBは、気候変動についてのテーマ別開示の整備が完了次第、次のESG項目のテーマ別開示を作成するとしています。したがって、完了したテーマ毎に、適用日を変えていく方が現実的なのではないでしょうか。
コーポレートガバナンス・コードで要求される気候変動の開示への影響
前回のコラムで、2022年以降は、コーポレートガバナンス・コードの改訂によりプライム市場上場会社にもTCFD提言の開示が求められることを取り上げました(2022年3月期のプライム市場上場会社に求められるTCFD提言対応について)。
コーポレートガバナンス・コード補充原則3-1③では、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について「TCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべき」とされており、「それと同等の枠組み」というのはISSBが公表するサステナビリティ開示基準が含まれます。
プライム市場上場会社については、既にTCFD提言に基づく開示を行っているか又はその検討の最中なのではないかと思いますが、2022年度中にサステナビリティ開示基準の完成が予定されているため、2023年度についてはTCFD提言に基づく開示を継続するかISSBが設定するサステナビリティ開示基準を採用するか、選択を求められるように思います。この選択は、上述したサステナビリティ開示基準の適用範囲がどうなるのかにも影響されるのではないかと思われます。たとえば、既にIFRSを適用している企業に対してはサステナビリティ開示基準が強制適用される場合、IFRSを適用している企業はTCFD提言ではなくサステナビリティ開示基準に基づく開示を行うようになるのではないかと思われます。
今回は、2021年11月に公表された基準原案をもとに、サステナビリティ開示基準についていくつか自分なりの考察をさせていただきました。公開草案についても公表され次第、取り上げたいと思います。