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公開草案で規定されているサステナビリティ関連のリスク・機会
前回の記事では公開草案の概要と重要ポイントの考察を行いました。その中で、開示の対象となるのは、「全ての重大(significant)なサステナビリティ関連のリスク・機会に関する重要(material)な情報」であると説明しました(前回の記事→ ISSBが公表したIFRSサステナビリティ開示基準の公開草案について考察します)。
今回の記事では、この「サステナビリティ関連のリスク・機会」についてもう少し深く考えてみたいと思います。公開草案では、「サステナビリティ関連」についての定義は与えられておらず、代わりに以下の説明がされています。
企業がレジリエントでいられるかどうかは、資源や関係に依存している。そのような資源や関係には、人材や企業が蓄積した特別な知識、地域社会との関係性や天然資源等が含まれる(Introductionパート)。
企業のサステナビリティ関連のリスク・機会は、企業が資源に対して依存していることや資源に対して影響を与えることから生じる。また、そのような依存や影響によって良くも悪くも影響を受ける、企業が維持している関係からも生じる。例えば、企業のビジネスモデルが天然資源(例、水)に依存している場合、企業は水の品質や利用可能性、価格の変更により影響を受ける可能性がある。また、企業の活動が外部環境(例えば、地域社会)に悪影響を与える場合は、政府から厳しい規制を課せられたり企業の評判が悪化することにより、企業のブランドイメージの低下や採用コストの増加につながる可能性がある。さらに、企業の取引先が重大なサステナビリティ関連のリスクに直面している場合は、結果として企業自身も同様の重大なサステナビリティ関連のリスクに直面する可能性がある(17項)。
サステナビリティ関連のリスク・機会は、バリューチェーンも含めたうえでの企業の活動、相互作用、関係、資源の利用から生じる。例えば、
(a) 企業及びサプライヤーの労働慣行、企業が販売する商品の包装の廃棄、サプライチェーンを分断する可能性のある事象
(b) 企業が支配する資産(希少な水資源に依存する製造設備等)
(c) 企業が支配する投資、関連会社やJV等に対する投資を含む(例えば、JVのGHG排出活動を資金面でサポートする)
(d) 資金調達の出所(40項)
「サステナビリティ関連」について直接定義がされていないということは、これを直接定義することが難しいのではないかと思われます。上記の説明によれば、「サステナビリティ関連」とは、企業のビジネスモデルにおいて企業が依存している資源(人材を含む)や、企業活動の結果として影響を与えることになる外部環境、バリューチェーンを含む他社との関係等、主に企業活動において会計上の認識要件を満たさない企業の活動(例えば、商品を製造する過程で温室効果ガスを排出する)や関係性(例えば、従業員に過重労働をさせている)が該当すると思われます。
企業価値評価に影響を与えると合理的には予想されないリスク・機会
サステナビリティ開示基準は、投資家等の財務諸表利用者の企業価値評価に影響を与えると合理的に予想されるサステナビリティ関連のリスク・機会のみが開示の対象とされています。
したがって、サステナビリティという観点からは意義のある企業の活動(例、社会貢献活動)であっても、それが企業価値評価に影響を与えると合理的には予想されない場合、当該リスク・機会は開示の対象外となります。
サステナビリティ開示基準により開示される情報を企業価値評価に影響を与えると合理的に予想される情報に限定することにより、財務諸表で開示される情報との一体性を確保し、サステナビリティ開示基準の目的である財務諸表利用者である投資家の情報ニーズに応えているわけです。
企業価値評価に影響を与えると合理的には予想されない情報を任意に開示することは可能ですが、他の企業価値評価に影響を与える情報が不明瞭にならないことが前提とされています。
日本企業が自社で設定しているマテリアリティ(重要課題)から検討をスタートさせた場合、すでに設定しているリスク・機会が投資家等の企業価値評価に影響を与えると予想されるかどうかという、この部分の判断がまず必要になるのではないかと思います(さらに、当該リスク・機会が重大(significant)かという判断も必要と考えられます)。マテリアリティ(重要課題)からリスク・機会をうまく導けない場合は、企業価値評価に影響を与えないものをマテリアリティ(重要課題)として設定している可能性が高いのではないかと思われます。
サステナビリティ関連ではないリスク・機会
上記のとおり、開示の対象はサステナビリティ関連のリスク・機会に限定されていることから、サステナビリティ関連ではないリスク・機会については、それが企業にとって重大なものであったとしても、サステナビリティ開示基準の対象外になります。
企業が負っているリスク、実現を目指している機会は様々であり、全てがサステナビリティ関連のリスク・機会には該当しないと考えられます。すなわち、開示の対象となる「サステナビリティ関連のリスク・機会」と「サステナビリティ関連ではないリスク・機会」を判別する必要があると考えられます。
たとえば、組織内の人材の多様性を確保し優秀な人材を獲得・育成できる環境・組織風土を整えられないことにより企業の競争力が低下するリスクというのは、サステナビリティ関連のリスクに該当するように思います。
一方で、適切なIT投資が出来ないことにより適切なスピード・規模で企業のビジネスモデルをデジタル化(変革化)できないことにより企業の競争力が低下するリスクというのは、サステナビリティ関連のリスクに該当するでしょうか。企業の存続にとって重大なリスクであることは間違いありませんが、上記の公開草案の説明に照らして、サステナビリティ開示基準の対象に含まれるリスクかどうかはクリアではないようにも思われます。
ただし、「サステナビリティ関連ではないリスク・機会」を任意に開示したとしても、財務諸表利用者の観点からすればそのような情報は有用であると考えられるため、企業価値評価に影響を与える以上はそのような情報も積極的に開示するという方針も否定されないのではないかとも思われます。このような「サステナビリティ関連ではないリスク・機会」が企業の将来の財政状態・経営成績に与える影響の開示は、IASBが現在進めているマネジメントコメンタリープロジェクトで検討されており、両者の境界についても今後議論になるのではないかと思われます。