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前回までのおさらい
2022年3月のIASB会議より、IFRS第9号分類と測定に関するPost implementation review (PIR)が開始されています。2022年3月のIASB会議の内容はこちらをご参照ください→2022年3月のIASB会議(IFRS第9号:分類と測定のPIR)
ESGリンク特性を有する金融資産のSPPI判定
いわゆるサステナビリティ・リンク・ボンド(ローン)と言われているもので、債務者のESGパフォーマンスに応じて利息が変動するタイプの金融商品です。契約書において予め債務者が充足すべきESG要件を定めておき、債務者が当該ESG要件を達成した場合には利息が減額され、達成しなかった場合には利息が増額されます。投資の世界でもESGを重視する実務が広く浸透してきており、サステナビリティ・リンク・ボンド(ローン)は数あるESG関連金融商品の中でも比較的新しいタイプの金融商品ですが、日本のマーケットにおいても今後の発行の増加が予想されています。
債務者がESG要件を達成したか否かにより利息が変動するため、この変動性がSPPI要件を阻害しないかが問題になります。仮にSPPI要件を満たさないと判定された場合には、当該金融資産はFVTPLで分類する必要があります。関係者の多くはこのタイプの金融資産は償却原価で測定することが適切であると考えていますが、このような変動性に対して実際どのようにSPPI判定をすべきかについては様々な意見があります。
IASBにおいてもESGリンク特性を有する金融資産のSPPI判定が実務において問題になっていることを把握しており、今回のIFRS9号分類と測定PIRの中でも質問項目の1つに入れて関係者からのコメントを募集していました。
2022年4月のIASB会議では、このESGリンク特性を有する金融資産のSPPI判定についてIASBスタッフの暫定的な見解が明らかにされるとともに、このタイプの金融資産に対してどのようにSPPI要件を適用すべきかを明確化する適用ガイダンスを作成することが提案されました。
今回のIASB会議では、IASBスタッフの暫定的見解も明らかにされています。IASBスタッフの暫定見解としては、
n IFRS第9号では、SPPI要件を適用する際には、貸し手が受け取る利息が何のリスクを負担したことによるリターンなのか(what an entity is being compensated for)に基づいて判断するとされている。
n 上記の原則を踏まえ、ESGリンク特性を有する金融資産における利息の調整が、貸し手が何のリスクを負担したことによるリターンなのかを分析する必要がある。
n 多くの場合において、ESGリンク特性を有する金融資産における利息の調整は個々の債務者のESG要件の充足のリスクや能力を反映して決められているわけではなく、あくまで債務者にESG要件を充足するためのインセンティブを与えているに過ぎないと考えられる。したがって、そのような形で決まっている利息の調整(変動性)は、貸し手に対して債務者のESG要件の充足に関するリスクを負わせているわけではなく、SPPIを満たし得る。ただし、当該分析には判断が伴うと考えられる。
契約上リンクした金融商品(CLI)vsノンリコース金融商品(ノンリコースローン)
IFRS第9号には、契約上リンクした金融商品(Contractually linked instruments, CLI)に対するSPPI判定の特別の規定があります。イメージとしては、特定の資産を保有するSPE等が発行する証券化商品に対して投資持分を保有している場合の当該投資持分のSPPI判定の論点です。証券化商品では、SPEはシニア持分、メザニン持分、ジュニア持分という信用リスクの異なる証券を発行しており、ジュニア持分が負担する信用リスクはシニア持分が負担する信用リスクよりも高く、シニア持分からジュニア持分への信用リスクの移転が行われています(信用リスクが移転されている結果として、ジュニア持分が要求する利回りはシニア持分が要求する利回りよりも高くなっています)。
上述のとおり、CLIに対してはCLI用の特別のSPPI判定が設けられているため、ある金融商品がCLIなのかどうかというスコープが問題になります。しかし、このスコープがIFRS第9号で明確ではなく、実務においてばらつきが生じています。
CLI用の特別のSPPI判定は以下のとおりです。以下の全ての要件を満たした場合において、当該CLIはSPPIを満たすとされています。
1.判定対象の金融資産(例、シニア持分)がSPPIのキャッシュ・フローを生じさせる。
2.発行者(SPE)が保有する資産(いわゆる対象プール資産)がSPPIを満たす金融資産のみで構成される。
3.判定対象の金融資産(例、シニア持分)の信用リスクは、対象プール資産の信用リスクと同等かそれよりも低い。
上記のとおり、CLI用のSPPI判定においては、対象プール資産をルックスルーしたうえでの対象プール資産自体のSPPI判定までもが要求されており、例えば対象プール資産が不動産の場合にはCLIはSPPI要件を満たさず、FVTPLで測定されることになります。
CLIと比較されるのがノンリコース金融資産(ローン)です。ノンリコースローンとは、これもSPEに対する貸出をイメージしていただきたいのですが、貸出金の返済原資がSPEの保有している資産に限定されており他の手段に返済の請求を訴求できないようなローンをいいます。
ノンリコースローンについては、返済原資が対象資産に限定されることから、契約上のキャッシュ・フローが元本と利息だけから構成されると言えるのか、対象資産のパフォーマンスリスクが契約上のキャッシュ・フローに含まれてしまっているのではないかという問題が生じます。この点IFRS第9では、ノンリコースローンの契約上のキャッシュ・フローが、実質的な意味でSPPI要件が要求する元本と利息であるかを検討することを要求しています。また、他の持分に対して劣後している劣後持分については、そのこと自体でSPPIを満たさないわけではなく、債務者が返済できなくなった場合にそれが契約違反となり、債務者の破産時においても契約上のキャッシュ・フローを受け取る権利を保持し続ける場合は当該劣後持分はSPPIを満たし得るとされています。
例えば、SPEがシニアローンとジュニアローン、株式資本の3種類の金融商品で資金を調達し、不動産を所有している場合を考えます。ジュニアローンを保有している投資家は、当該ジュニアローンのSPPI判定に際して、CLIの規定を適用するべきでしょうか、それともノンリコースの規定を適用すべきでしょうか。
CLIの規定が適用される場合、SPEが保有している資産が不動産であるというそのこと自体によりSPPIは満たさないことになります。一方で、ノンリコースの規定が適用される場合、対象資産がたとえ不動産であったとしてもジュニアローンから生じる契約上のキャッシュ・フローが実質的な意味で元本と利息であると言えればSPPIを満たすことになります(ノンリコースの規定では、対象資産の中身を検討することは必要ですが、対象資産自体のSPPI判定は要求されておらず対象資産が不動産であってもそのこと自体でSPPIを満たさないということにはなりません)。
2022年4月のIASB会議では、現状のIFRS第9号におけるCLIのスコープの記載が明確ではないことが上記のようなCLI vsノンリコースのスコープの議論を生んでしまっていることが共有され、CLIのスコープを明確化する適用ガイダンスを作成することが提案されました。
IASBスタッフの暫定的見解としては、CLIの特性とは、対象プールから発生するキャッシュ・フローが足りない場合において、劣後の金融商品の契約上の権利を消滅(減額)させることにより、より上位にランクされる金融商品へ優先的に返済を行う信用補完がある金融商品、と考えているようです。この考えを上記のSPEの例に当てはめると、
n シニアローンとジュニアローンの契約上の関係において、対象プールが十分なキャッシュ・フローを生み出せない場合はジュニアローンの契約上の権利が消滅する場合→CLIの規定が適用される。
n シニアローンとジュニアローンの契約上の関係において、対象プールが十分なキャッシュ・フローを生み出せない場合であってもジュニアローンの契約上の権利は消滅しない→ノンリコースローンの規定が適用される。
CLI vsノンリコースの議論は、私がロンドンに赴任していた時に担当していた論点でした。多くの時間を使って議論をしたのですが、その時は結論が出ませんでした。今回のIASBスタッフの暫定的見解は、当時の私の見解と同様であり、この見解以外にはCLIとノンリコースのスコープを区別できる点はないと考えています。これは、証券化やSPEを使ったほぼ全てのスキームにおいて信用補完は存在しており、信用補完がされていること自体ではスコープを区別することはできないと考えるからです。SPPI判定はあくまで契約上の権利を重視するものであり、契約上の権利が消滅する(減額される)場合にCLIを適用するとする考えは、両者のスコープを区別できる唯一の点ではないかと考えられます。対象プール資産が十分なキャッシュ・フローを生み出せない場合にそれに合わせて契約上の権利が減額される場合は、契約上の権利自体が対象プール資産の生み出すキャッシュ・フローにより「決定」されることを意味します。CLIのSPPI規定において対象プール資産のSPPIまでもが要求されるのは、この契約上の権利の対象プール資産との連動性にあると考えられます。
上記のESG特性を有する金融資産およびCLIについての適用ガイダンスの作成については、5月のIASB会議において正式に合意がされるものと思われます。