サステナビリティ開示をめぐる現状の整理

今までのブログ記事において、プライム市場上場会社に適用されるTCFD提言対応やISSB公表のIFRSサステナビリティ開示基準の公開草案、SECからの提案や有価証券報告書における記載の義務化等について解説してきました。

 日本企業に影響を与えるサステナビリティ関連開示の現状の整理としては以下のとおりと思います。

n  プライム市場上場企業については、TCFD又はそれと同等の枠組み(例、ISSB公表のIFRSサステナビリティ開示基準)に基づく気候変動開示の質及び量の充実が求められている。

n  ISSBが現在開発中のIFRSサステナビリティ開示基準は2022年末までに最終化される予定である。

n  金融庁のディスクロージャーWGにおいて、気候変動その他サステナビリティ関連開示の有価証券報告書における開示の義務化が検討されている(プライム企業だけでなく有価証券報告書を公表している全ての上場企業に影響がある)。

n  SECからも気候変動開示案が公表されており、SEC登録日本企業についてはSEC提出資料(20-F等)において、気候変動開示が求められる予定である。

 IFRSサステナビリティ開示基準の適用企業・適用時期・適用可能性

 IFRSサステナビリティ開示基準はIFRSを適用していない企業も適用可能とされているものの、日本企業に関していえば、IFRSサステナビリティ開示基準を適用するのはやはりIFRS適用企業と考えられます。なお、IFRSを適用している場合にはIFRSサステナビリティ開示基準の適用が強制されるというわけではないため、日本企業の場合は、準備の完了した任意のタイミングでIFRSサステナビリティ開示基準を初度適用することになると考えられます。

 ISSB20223月に公表した公開草案によれば、IFRSサステナビリティ開示基準における開示の対象は気候変動だけでなく企業にとって重大な全てのサステナビリティ関連情報(人的資本等を含む)とされています。したがって、現在の公開草案通りに基準が最終化された場合には、企業はISSBがまだ開発していない基準についてまでもIFRSサステナビリティ開示基準の適用日から一斉に対応することが求められることになります。ただしこの点については、公開草案でも企業の負担が重いということが認識されており関係者への質問項目にも挙げられているため、現在の公開草案のまま基準が最終化されるかは関係者のコメントレターのフィードバックを待ってから最終的に決まると思われます。この点がどう決まるかにより、日本企業の任意適用の時期が決まるのではないかと思われます。すなわち、公開草案から方針転換がされ、まずは気候変動だけでよいとなる場合には、日本企業の任意適用の時期も早まるのではないかと思われます。

 ISSBIFRSサステナビリティ開示基準をサステナビリティ開示におけるグローバルベースラインにしようと考えており、実際に他の基準設定主体の統合(取り込み)も進めています。また、投資家が企業の長期的な成長の可能性を評価するに際してはサステナビリティ関連情報が重要であるという点が広く認識されてきており、企業が投資家から受けるサステナビリティ関連情報の開示のプレッシャーも大きくなってきています。このような状況を考えると、IFRSを任意適用している日本企業の多くが、今後、IFRSサステナビリティ開示基準を任意適用していくことになるのではないかと予想します。この場合、今まではTCFD提言に基づいて気候変動関連の開示を行っていたIFRS適用企業は、IFRSサステナビリティ開示基準の最終化後は、当該基準に含まれる気候変動開示に基づき開示を継続していくのではないかと思われます。これは、IFRSサステナビリティ開示基準に含まれる気候変動開示への対応を部分的にでも進めておいた方が、将来IFRSサステナビリティ開示基準をフルパッケージで適用する際の負荷を軽減することができるためです。

 TCFD提言 vs IFRSサステナビリティ開示基準の公開草案に含まれる気候変動開示

改訂コーポレートガバナンス・コードでは、プライム市場上場会社はTCFD提言又はそれと同等の枠組みに基づく気候変動開示が求められており、後者に関してはISSBが公表するIFRSサステナビリティ開示基準が該当すると考えられています。この点、プライム市場上場会社にとっては、TCFD提言と IFRSサステナビリティ開示基準のいずれに基づいて開示を作成すべきでしょうか。また、今までTCFD提言対応をしてきたIFRS適用企業がIFRSサステナビリティ開示基準の気候変動開示に移行しようとする場合、どのような追加的対応が必要になるのでしょうか。

ISSBは気候変動にかかる公開草案(気候変動公開草案)のTCFD提言との差異について整理・開示しており(『Comparison [Draft] IFRS S2 Climate-related Disclosures with the TCFD Recommendations』)、気候変動公開草案ではTCFD提言よりもより細かい情報が要求されています。事実、ISSBが公開草案時に公表したSnapshot(『Exposure Draft – Snapshot』を参照すると、気候変動公開草案はTCFDの開示要求を取り込んだうえで、ISSB独自の開示要求を追加(上乗せ)しているとしており、気候変動公開草案に従った開示を行った場合には結果としてTCFD提言にも従うことになると整理しています(一部の国・地域ではTCFD提言に基づく開示が要求されているためこのような質問がされています)。

 TCFD提言に追加(上乗せ)されている開示のうち企業にとって特に対応が必要なものとして、①SASB基準に基づくインダストリー別の指標と目標の開示と②GHGスコープ3の開示があります。①SASB基準に基づくインダストリー別の指標と目標の開示については、SASB基準に基づく開示が未対応の日本企業については新たな対応が必要になるものです。また、②GHGスコープ3の開示についても、重要性がないと整理することは困難ではないかと思われるため、未対応の日本企業にとっては一定の負荷がかかることが想定されます。

 上記のとおり、プライム市場上場会社が改訂コーポレートガバナンス・コードにおける気候変動開示要求への対応を行うえでは、TCFD提言に従う方が企業にかかる負荷は小さいと思います。

なお、IFRSサステナビリティ開示基準をフルパッケージで適用する際には(IFRSサステナビリティ開示基準にComplyしていると企業が財務報告書において主張するためには)、気候変動開示で要求される全ての要求事項に従う必要があるという点には注意が必要です。TCFD提言対応はそもそも開示自体が任意であるため、対応できるものについてのみ開示がされればそれでよいとされますが、IFRSサステナビリティ開示基準にComplyしていると言うためには、TCFD提言対応とは異なり全ての開示要求に対応する必要があります(ただし、重要性の考慮は可能です)。結果として、例えば、TCFD提言対応時におけるGHG排出量の測定にあたっては一部の連結子会社を除外していた場合には、IFRSサステナビリティ開示基準への対応時には全ての連結子会社を含めて測定する必要があります(ただし、重要性の考慮は可能です)。

 日本企業が取るべき気候変動開示対応について

 以上をまとめると、気候変動開示に対する日本企業の対応としては、以下のようなオプションがあると思われます(一部、個人的な思いも入っています)。

n  既にIFRSを適用している日本企業→IFRSサステナビリティ開示基準に含まれる気候変動開示に基づき対応を進める。気候変動部分について早くから準備を進めることで、IFRSサステナビリティ開示基準をフルパッケージで適用する際の負荷を軽減することができる。

n  IFRSを適用していない日本企業→TCFD提言に基づく開示を進める。有価証券報告書での記載の義務化が検討されていることを考えると、検討と開示のスタートは早い方がよい。

 なお、TCFD提言に基づいて開示を進める場合であっても、IFRSサステナビリティ開示基準に含まれる気候変動開示の規定は参考になる点が多く、一読の価値はあると思います。たとえば、

n  気候変動公開草案では、重大なリスクと機会の識別にあたっては、SASB基準におけるDisclosure topicsを参照することを要求しています。TCFD提言ではSASB基準は用いられていませんが、自社が属する産業のSASB基準で要求されているdisclosure topicを参照して重大な気候変動のリスク・機会に漏れがないかを確認することができます。

n  気候変動公開草案では、戦略の開示(リスク・機会の特定、現在及び将来の財務インパクト、戦略のレジリエンス)を行う際には、7項目のクロスインダストリーの指標と目標の開示及びSASB基準における指標を参照することを要求しています。これは、指標と目標で開示される情報と戦略で開示される情報の整合性を要求しているものと思われます。TCFD提言に対応する開示を行う際も、指標と目標で開示する情報と戦略で開示される情報の整合性が取れているか、確認が必要と思われます。

n  気候変動公開草案では、戦略のレジリエンスの開示において、シナリオ分析によらない場合の開示方法として、qualitative analysissingle-point forecasts, sensitivity analysis, stress testが挙げられています。TCFD提言に基づく開示を行う際にも、状況によってはこれらの分析方法を用いることが可能であるように思われます。

 弊事務所による気候変動開示対応コンサルティングサービスのご紹介

こちらのページで弊事務所による気候変動開示対応コンサルティングサービスを紹介しております。ぜひご覧いただければ幸いです。