論点の概要

 20226月のIFRIC会議にて、電子決済システムを通じた売掛債権の決済が期末日をまたいで行われた場合における期末日時点の受取人のあるべき会計処理が議論されました。

 議論された取引としては、以下のとおりです。

① 企業Aは財又はサービスを企業Bに提供し、企業Bに対する売掛債権を計上する。

② 企業Bは、企業Aに対する買掛債務を支払うため、企業Aの期末日(331日)に電子決済システムに対して支払依頼を行う。

③ 企業A及びBが利用する電子決済システムでは、支払依頼を行ってから実際に受取企業の銀行口座に着金するまでに数日を要する。

④ 企業Bが行った上記の支払依頼は、企業Aの期末日を超えて企業Aの銀行口座に反映された(例、入金日は43日)。

 支払企業による支払依頼と受取企業の入金に数日を要するような電子決済システムを用いて債権・債務の決済を行っている場合において、支払依頼日と入金日の間に期末日が挟まれる場合、受取企業は期末日を超える入金を期末日時点でCash(現金預金)として認識することができるか、がここでの論点です。すなわち、期末日時点においては、受取企業の銀行口座には未だ着金しておらず、仕掛中の現金預金というステータス(Cash-in-transit)になりますが、これを期末日時点でCash(現金預金)として取り扱ってしまってよいのかという点が問われています。期末日において、売掛債権として認識するか、それとも現金預金として認識するかという財政状態計算書における表示の論点ですが、CF計算書にも影響します。

 このような仕掛中の現金預金(Cash-in-transit)を現金預金として取り扱っている実務があり、実務にばらつきがあるということで、IFRICに質問が提出されました。

 20219月のIFRIC会議における暫定アジェンダ決定

 本論点が最初に議論されたのは20219月のIFRIC会議で、暫定アジェンダ決定では以下のとおり整理がされました。

 n  期末日時点において受取企業がCash(現金預金)を認識できるかどうかは期末日時点において売掛債権が消滅しているか否かによる―すなわち本論点はIFRS9号の金融資産の認識の中止の論点であり、IFRS93.2.3(a)項におけるキャッシュフローを受け取る契約上の権利が消滅しているか否かにより判断すべきである。

n  売掛債権を消滅させなければCash(現金預金)を認識することはできず、Cashが認識されるタイミングは売掛債権が消滅するタイミングと一致する。

n  そして、債務者に対する売掛債権がいつ消滅するかは、取引が行われた法域に適用される法律・規制、電子決済システムの特徴等、事実と状況により判断される。

 ただし、暫定アジェンダ決定をよく読むと、売掛債権は直接Cashに振り替わるのではなく、以下のプロセスを経て最終的に受取企業の現金預金として認識されることが示唆されています。

① 債務者に対する売掛債権

② 銀行に対する債権

③ 受取企業の銀行口座へ着金

 暫定アジェンダ決定では、債務者に対する売掛債権(①)は最初に銀行に対する債権(②)に置き換わり、最終的に受取人が引き出し可能なCash(③)になることが示唆されています。③のステータスは引き出し可能な状況なので、Cashの定義(on demand deposit、要求払い預金)を満たす点につき議論の余地はありません。一方で、②のステータスでは企業は自分の預金口座から引き出すことはできないものの、銀行に対して支払のための資金移動を指図することができるような状況が想定されています(ただし、②のステータスでも支払指図が出来る場合も出来ない場合もあると考えられます)。

 暫定アジェンダ決定では、期末日における①②③の状況に応じて、期末日における会計処理を決定するとしています。結果として、期末日においてCash(現金預金)として認識できるのは期末日時点において③の状態が成立している場合だけとなります。また、暫定アジェンダ決定は、債権が債務者に対する売掛債権(①)なのか、あるいは銀行に対する債権なのか(②)を区別することが必要であることも示唆しています。

 暫定アジェンダ決定に対するコメント

 20226月のIFRIC会議では、コメントレターのフィードバックが共有されました。コメントレター回答者のほぼ全てが、暫定アジェンダ決定に記載されているテクニカル分析(現行のIFRS基準を本取引に当てはめた場合の会計的分析・結論)に同意しました。

 ただし、一部の回答者からは以下のようなコメントも提出されました。

n  IFRS9号の金融資産の通常の方法による売買(Regular way purchase or sale)に対して適用される約定日基準・決済日基準の規定(デリバティブの免除規定)を本取引に直接適用できないことは理解するが、当該規定の趣旨が実務への配慮から本来デリバティブとして会計処理する取引を簡便的にデリバティブとして会計処理しないとする規定であることに鑑みれば、本取引についても類似の免除規定を設けて、着金前にCash(現金預金)を認識することも(会計方針の選択として)認めることが望ましいのではないか。

n  着金前の仕掛中の現金預金(Cash-in-transit)は、あと数日で引き出しが可能になるのだから要求払い預金(on
demand deposit
)の定義を満たしCash(現金預金)に該当すると考えることができるのではないか。あるいは、Cash(現金預金)の定義を満たさないとしても、IAS7号の現金同等物(Cash equivalent)の定義を満たすと考えることができるのではないか。

 また、コメントレター回答者の多くは、当該アジェンダ決定が最終化された場合の実務への影響が大きいことに鑑み、アジェンダ決定ではない別の方法(基準の改訂や適用後レビュー)により解決を図ることを提案しました。また、当該アジェンダ決定の影響は売掛債権の入金取引だけに限られず、クレジットカード債権の入金取引や支払企業の会計処理にも影響を与え得るとの指摘もなされました。

 20226月のIFRIC会議の議論

 20226月のIFRIC会議では、IFRS基準を本取引に適用した場合の整理としては、暫定アジェンダ決定に記載したとおりの結論になることが再確認されました。

 また、一部のコメントレター回答者から寄せられた仕掛中の現金預金(Cash-in-transit)に関する論点については、スタッフペーパーにおいて以下の分析がされました。

n  仕掛中の現金預金(Cash-in-transit)は要求払い預金(on demand deposit)に該当するか⇒仕掛中の現金預金(Cash-in-transit)は企業の銀行口座に未だ着金しておらず、したがってデポジットされているものではないから、要求払い預金(on demand deposit)の定義に該当しない。また、引き出しに数日を要する状態ではon demandとは言えない。

n  仕掛中の現金預金(Cash-in-transit)はIAS7号の現金同等物(Cash equivalent)に該当するか⇒IAS7号の現金同等物(Cash
equivalent
)の定義は「short-term, highly liquid investment」とされており、「投資(investment)」である必要があることから、仕掛中の現金預金(Cash-in-transit)はIAS7号の現金同等物(Cash
equivalent
)には該当しない。

 また、アジェンダ決定として公表する場合の実務への影響の懸念についてもIFRIC会議で議論になりましたが、アジェンダ決定によって実務の変更が起きることは本取引に限られるものではないこと(そもそもIFRIC会議で議論される論点は実務でばらつきがあることが前提であり、そのような論点に対してアジェンダ決定がされる場合は少なからず現状実務の変更が予想されていること)、本アジェンダ決定で示された会計的ロジックは他の取引にも適用できることから本アジェンダ決定が本取引以外の他の取引へ波及することは想定されるものの、他の取引は本取引と完全に同一ではなく追加的に考慮すべき事実と状況が存在するはずであり本アジェンダ決定が他の取引に全く同様に適用されるわけではない、と整理されました。

 一部のIFRICメンバーの間でも、当該アジェンダ決定を最終化するかについて気持ちのゆらぎは垣間見られましたが、最終的には賛成多数でアジェンダ決定を出すという結論になりました。

 今後のプロセス

 アジェンダ決定文書は、20227月のIASB会議で議論され、IASBメンバーからの反対がないことを条件に公表されることになります。したがって現段階ではアジェンダ決定文書は出されていませんが、私は以下の理由からIASBメンバーがアジェンダ決定文書の公表に反対をする可能性は低いのではないかと思っています。

n  IASBメンバーはIFRICの決定を尊重するのではないかと考えられること

n  実務への影響があるといっても本論点は期末時に実施するBank reconciliationの論点であり、現行基準を変更してまでして実務への配慮を示すほど重要な論点であるとは思えないこと

n  現行基準を変更する場合はCashの範囲を変更する必要があると考えられるが、最も確実性のある資産であるCashの範囲を変更するのは難しいのではないかと思われること

 今まで何気なく慣行として処理していたBank reconciliation(又はCashの範囲)について会計的な整理がなされたというのが今回のIFRIC議論だと思います。期末日を超えて着金される売掛債権等を期末日において現金預金として扱っていないかどうか、期末日におけるCash(現金預金)の取扱いについて再確認しておくのが必要ではないかと思います。また、コメントレターにも示されているとおり、IFRICで示された会計的ロジックは売掛債権が決済される場合の受取企業の会計処理にだけ適用されるものではなく、クレジットカード債権の決済や支払企業における会計処理にも影響が及ぶと考えられます。したがって、IFRICで議論された取引だけに限定されずに、期末日におけるあるべきCashの範囲について、IFRIC議論を踏まえた検討が必要ではないかと思います。

 (9/26追記)2022年9月のIASB会議において、基準設定の方向で検討を開始

 2022年9月のIASB会議において、当該論点についてはアジェンダ決定を確定(アジェンダ決定の公表)するのではなく、IFRS 9号の分類と測定のPIRの中で基準設定の可能性を探っていくことが決定されました。詳しくは、「電子決済システムを通じて金融資産が決済された結果受け取ったCashの取扱い」(20229月のIASBをご参照ください。