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前回までのおさらい
2022年3月のIASB会議より、IFRS第9号の分類と測定に関するPost implementation review (PIR)が開始されています。過去のブログ記事は以下をご参照ください。
2022年3月のIASB会議⇒今後のIFRS第9号分類と測定のPIRの議論のスケジュールを紹介しています。
2022年4月のIASB会議⇒ESG特性を有する金融商品及び契約上リンクした金融商品のSPPI判定について解説しています。
2022年6月のIASB会議では、資本性金融商品に対するOCIオプションの規定が議論されました。
資本性金融商品に対するOCIオプション
IFRS第9号の金融資産の分類において、資本性金融商品を有する保有者は、当該資本性金融商品の保有目的がトレーディング(売買目的)である場合を除いて、当初認識時に公正価値変動をOCIで認識する取消不能な選択(OCIオプション)をすることが認められています。OCIオプションの適用対象である資本性金融商品に該当するためには、当該金融商品がIAS第32号に基づき発行者側で資本の定義に該当する必要があります。発行者側で資本の定義に該当する金融商品は限定されており、基本的には上場・非上場の株式が該当します。
株式である資本性金融商品は契約上のCFテスト要件(SPPI要件)を満たさないため即座にFVTPLに分類されることになりますが、FVTPLに分類される場合は毎期の公正価値の変動がPLで認識され、企業の業績を表すはずのPLが金融マーケットの変動により影響を受けることになります。株式を保有する目的は企業によって様々ですが、公正価値変動をPLで認識することを回避するという目的で、OCIオプションの規定が設けられました。
OCIオプションが適用された資本性金融商品の会計処理としては、保有時に生じる配当については原則PLで認識し、公正価値変動はOCIで認識します。そして、売却時のOCIのPLへのリサイクルは禁止されています。減損の検討も不要です。
このような資本性金融商品は、IFRS第9号の従前基準であるIAS第39号では売却可能金融商品(AFS)に分類されていました。AFSの会計処理は、公正価値変動はOCIで認識し、売却時には累積公正価値変動はOCIからPLへリサイクルがされていました。ただし、売却時のPLリサイクルは公正価値下落時における損失のPL認識(減損)とセットである必要があり、資本性金融商品の減損モデルの複雑性は実務で問題になっていました。
IFRS第9号はIAS第39号の複雑性を軽減するという目的に開発された基準であるため、OCIオプションは、売却時のPLリサイクルを行わない代わりに、減損も行わないことにすることで、IAS第39号で存在した複雑性を回避しています。
OCIオプションの適用スコープが狭まる可能性
IFRS第9号5.7.5によれば、OCIオプションの適用対象はトレーディングに該当しない資本性金融商品とされていますが、関係者からのコメントにより、OCIオプションの適用は資本性金融商品の公正価値変動が企業の業績を表さない場合に限定されるという解釈が一部でなされていることが明らかにされました。当該見解によれば、資本性金融商品の会計処理は、当該資本性金融商品の公正価値変動が企業の業績を表すものか否かという判断に基づき、以下の通りとなります。
n 当該資本性金融商品の公正価値変動が企業の業績を表す:FVTPLで会計処理すべきであり、OCIオプションは選択できない。
n 当該資本性金融商品の公正価値変動が企業の業績を表さない:OCIオプションを選択可能
スタッフペーパーによれば、IASBがOCIオプションを設けた趣旨はIFRS第9号の結論の背景に記載されており、それによれば、ある資本性金融商品の公正価値変動がPLで認識される場合には、PLが企業の業績を表さなくなってしまう可能性があり、そのような状況を回避するためにOCIオプションを認めたとされています。トレーディング(売買目的)については公正価値の変動は企業の業績を表すため、公正価値変動をPLで認識すべきであり、したがって基準上もOCIオプションは選択できないとされています。ただし、明確に禁止されているのはトレーディング(売買目的)だけであり、公正価値変動が企業の業績を反映しない場合に限りOCIオプションが選択適用できるという見解はIFRS基準自体には反映されておらず、したがって、解釈にばらつきが生じてしまっているようです。
私は上記の解釈は初めて聞きましたが、今後、IFRS9号が改訂され、OCIオプションの適用対象に制限がかかる可能性もあるかもしれません。
OCIオプションの適用スコープが広まる可能性
現行基準では、OCIオプションの適用対象は資本性金融商品とされ、資本性金融商品か否かは発行者の会計処理として当該金融商品が資本の定義を満たすか否かにより判断するとされています。
関係者からのコメントでは、OCIオプションの適用対象として、発行者側で資本の定義を満たすか否かにより判断するのではなく、資本又は資本の特徴を有する金融商品か否かを保有者側で判断し、保有者側で資本又は資本の特徴を有する金融商品についてはOCIオプションを選択適用できるようにすべきであるというコメントがされています。
この点についても、今後の議論の行方により、現行実務が変わる可能性がありそうです。
売却時のPLリサイクル
OCIオプションはIASBの意図したとおりに適用されており、実務で大きな問題は発生していないというのが多くの関係者からのコメントですが、一部の関係者からは売却時のPLへのリサイクルを認めるべきであるという強い主張がなされています。そのような主張はPLリサイクルが減損モデルの検討とセットになることを理解したうえで、それでもなお売却における“実現した”公正価値変動をPLで認識することが企業の業績を最も良く表すという見解を支持しています。
現行のIFRS第9号でも、OCIオプションを適用した資本性金融商品を売却した際には、(a)売却の理由、(b)認識の中止時の公正価値、(c)売却時の累積公正価値変動額の開示が要求されていますが(IFRS7.11B)、PLリサイクルを主張する関係者によれば、PLが提供する情報価値と注記が提供する情報価値は異なる(注記よりもPLが提供する情報価値の方が高い)と考えているようです。
OCIオプションに対する多くの関係者の受け止めとしては、上記のとおり、IASBの意図したとおりに機能しているということなので、一部の関係者からのコメントを受けてOCIオプションの会計処理を変更し、PLリサイクル+減損モデルに変更するようなことは起きないとは思いますが、少なくとも今後の会議で議論がされていくのではないかと思います。