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はじめに
2022年7月の会議では、自己の資本(株式)を取得する義務を含むデリバティブ(IAS32号23項の規定)に関する論点が議論されました。
今回の記事では、IAS32号23項の規定の説明とスタッフペーパーに基づくIASBの考え方をご紹介したいと思います。
自己の資本(株式)を取得する義務を含むデリバティブ(IAS32号23項の規定)
IAS32号23項では、現金又はその他の金融資産を支払って自己の資本(株式)を取得する義務を含むデリバティブについては、当初認識時において、償還価格の現在価値に等しい金額で金融負債を認識するとともに、同額の資本を借方計上し、以後の金融負債はIFRS9号で会計処理するとされています。この規定が適用される具体例としては、子会社に非支配持分(Non-controlling interest, NCI)が存在する場合において、当該非支配持分が親会社(自社)に対し子会社株式を一定価格で買い戻すように要求することができる場合(NCI Put)が該当します。親会社による買戻しは、相手先がプットの権利を有しているケース(相手先の意向により当該権利が行使されない可能性もある)と将来の一定時点で必ず買戻しが起きるケース(先渡し契約)があります。また、子会社株式は連結財務諸表の立場からは自己の資本(株式)とみなされます。
NCI Putの例
この自己の資本(株式)を買い戻す義務を含むデリバティブは、二重の意味で、通常のデリバティブ(FVTPLで会計処理される)の例外規定になっています。
まず、デリバティブの原則的な会計処理はFVTPLです。
これに対する最初の例外は、デリバティブの基礎数値が自己の資本(株式)になっているタイプのもので、このような自己の資本を基礎数値に持つデリバティブは、IAS32号の固定対固定の要件を満たす場合は、(発行会社にとっての)資本として会計処理されます。たとえば親会社が、将来の一定時点において親会社の株式を固定価格(1,000)で固定数量(500株)購入できる新株予約権を第三者に発行した場合(発行価格100)、親会社が受け入れた当該新株予約権の発行価格100は資本で認識されます(Cash 100 /資本 100)。この資本100は以後、再測定されることはありません。一方で、相手先である当該第三者の立場からは、このデリバティブは当該第三者にとっての(自分の)資本(株式)を基礎数値に持つわけではないため、FVTPLで会計処理します。
固定対固定の要件を満たす結果、親会社がデリバティブを資本として会計処理するケース
固定対固定の要件は、固定数量の自己の資本(株式)と固定価額の現金又はその他の金融資産の交換である必要があるため、デリバティブのレグのいずれかが変動である場合、固定対固定の要件を満たさず、そのようなデリバティブはFVTPLで会計処理されます。たとえば上記の例で、親会社が引き渡す自己の株式の数量が500株と固定されているのではなく、引き渡し時点の親会社株式の時価に応じて変動するような場合(例えば、親会社株式の時価が下げっている場合は500株以上の株式数量を引き渡し、親会社株式の時価が上がっている場合は500株より少ない株式数量を引き渡す)、親会社は当該デリバティブをFVTPLで会計処理します。つまり、新株予約権の当初認識時にはCash 100 /金融負債 100と仕訳を切り、当該金融負債は以後FVTPLで会計処理されます。
固定対固定の要件を満たさず、親会社がデリバティブをFVTPLで会計処理するケース
実は、上記のデリバティブの基礎数値が自己の資本(株式)になっているタイプのものは、デリバティブの基礎数値が自己の資本(株式)になっていることのほかに、もう一つ要件があります。それは、自己の資本(株式)を取得する義務を含んでいないという点です。上記の新株予約権の例でいうと、親会社は自己の資本(株式)を相手に引き渡し、Cashを受け取ることになります。つまり親会社の立場からすると、Cashは受け取るものであって支払うものではありません。そしてこの親会社がCashを支払うタイプのデリバティブは、現金又はその他の金融資産を支払って自己の資本(株式)を取得する義務を含むデリバティブとして、デリバティブの原則的会計処理(FVTPL)に対する、第二の例外規定となっています。
現金又はその他の金融資産を支払って自己の資本(株式)を取得する義務を含むデリバティブ
現金又はその他の金融資産を支払って自己の資本(株式)を取得する義務を含むデリバティブについては、固定対固定の要件を適用するのではなく、デリバティブの支払いサイドのレグである現金又はその他の金融資産の支払額に着目し、当該将来の支払額の現在価値を負債計上することで会計処理を行います(IAS32.23)。つまり、デリバティブには通常、支払サイドのレグと受取サイドのレグがあり、デリバティブがFVTPLで会計処理される場合は当該両サイドのレグのネットの価値としてFVTPLが測定されます。一方で、この現金又はその他の金融資産を支払って自己の資本(株式)を取得する義務を含むデリバティブについては、デリバティブをネットで考えるのではなく、デリバティブの1つのレグをグロスベースで会計処理することになります。そのため、IAS32号23項の規定は、デリバティブをグロスベースで会計処理しているといわれています。
グロス vs ネットの議論
現状のIAS32号23項の規定では、このような現金又はその他の金融資産を支払って自己の資本(株式)を取得する義務を含むデリバティブについてはグロスベースで会計処理することになっています。2018年に出されたFCIEのディスカッションペーパー(2018 DP)に対するコメントでは、このようなデリバティブに対してもネットベース(FVTPL)で会計処理すべきであるというコメントが寄せられています。
2018 DPでは、IAS32号23項の規定は、転換社債との整合性からグロスベースの会計処理の必要性が説明されていました。つまり転換社債においては、発行者は負債と転換権(負債から資本への転換権)の2つを同時に発行しています。このような転換社債の発行者の会計処理は、大部分が負債として認識され、転換権については固定対固定の要件を満たせば資本として会計処理され、固定対固定の要件を満たさなければFVTPLで会計処理されます。いずれにしても、発行価額の大部分は負債として認識されます。
一方で、発行者が最初に資本を発行し、次に当該株式を買い戻すデリバティブを発行した場合、これらの取引はどのように会計処理すべきでしょうか?最初の資本の発行取引をCash XX /資本 XXとして会計処理し、当該株式を買い戻すデリバティブをFVTPLで会計処理する場合は、これらの2つの取引は基本的には資本の発行取引として会計処理されることになります(最初の取引で計上した貸方の資本が残るため)。
2018 DPでは、転換社債のように当初は負債であるが資本になる(可能性のある)取引と、当初は資本であるが負債になる(可能性のある)取引を同じように会計処理することが適切であると考え、そのためには、株式を買い戻すデリバティブ取引を資本 XX /負債 XXとしてグロスベースで会計処理する必要があると説明しています。
ただし、2018 DPに対するコメントレターでは、転換社債のように当初負債であるが資本になる(可能性のある取引)と、当初資本であるが負債になる(可能性のある取引)は、権利義務関係が異なるという意見が出されました。つまり、保有者の立場から考えると、発行会社の株式を有している時点においては依然として発行会社の資本の保有者であり負債の保有者ではないという意見です。ただし当該意見は、あくまで保有者の立場から考えた場合の意見であり、発行会社の立場からすれば、資本の発行と当該資本を買い戻すデリバティブの発行は、トータルで考えれば負債として認識すべきことになるのではないかと思います。
2022年7月のスタッフペーパーでは、現金又はその他の金融資産を支払って自己の資本(株式)を取得する義務を含むデリバティブをグロスベースで会計処理することをサポートする理由として、以下の点が挙げられています。
n 当該デリバティブは、他の一般的なデリバティブとは異なり、グロスベースでの純資産の減額が生じる。つまり、自己の資本(株式)を買い戻した場合の影響は、買戻し価額に相当する(グロスベースでの)現金が流出するとともに、グロスベースでの純資産が減少することになる。これは当該デリバティブのレグの1つが自己の資本(株式)になっており、かつ、純資産を減少させる方向になっていることによるものであり、この点は他の一般的なデリバティブ(資産の受け取りと資産の引き渡し)とは異なる。
n 最初に資本を発行し、同時に、当該資本を将来買い戻すデリバティブを発行した場合、実質的には、これら一連の取引は当初から負債を発行しているのに等しい。また、自己の資本(株式)を買い戻す条項を、当初発行時の資本の中に当初から含める場合(プッタブル株式)と、当初発行時の資本には含めず別のデリバティブとして発行する場合とで、両者が同じ会計処理にならないと適切でない。
n 現在のFICEプロジェクトは、あくまで実務で問題になっている実務上の課題を解決することを目的にしており、IAS32号の会計処理を根本的に変えることは避ける必要がある。
グロスベースで負債を計上した場合の借方の資本科目と金融負債の再測定
IAS32号23項においては、現金又はその他の金融資産を支払って自己の資本(株式)を取得する義務を含むデリバティブについては、当初認識時において、償還価格の現在価値に等しい金額で金融負債を認識すると共に同額の資本を減額するとされていますが、借方の資本科目として何を用いるかについてはIAS32号では明確にされていません。
当該論点で問題になるのが、買い戻す義務の対象である株式が子会社株式の場合(つまり、NCI PutやNCI Forward)です。買い戻す義務の対象が自分自身の株式(親会社株式)である場合は、借方科目が資本金であれ、資本剰余金であれ、利益剰余金であれ、IFRSは資本の内訳科目については規定がないためあまり影響はないと思われます。一方で、対象が子会社株式の場合は、借方科目として、親会社資本を用いるのか、非支配持分(NCI)を用いるのかが論点になり、どちらを用いるかにより、子会社利益のNCIへの案分を継続するのか、親会社持分に関する1株利益の算定など、影響が出てきます。
この点、2018 DPでは、転換社債との整合性を重視し、自己の資本(株式)は既に買い戻されたかのように会計処理するとしていたので、NCIを借方科目として用いる考えが提案されていました。しかし今回のスタッフペーパーでは、借方科目はNCIではなく親会社資本を用いることが提案されています。
借方科目に親会社資本を用いる場合の問題としては、NCIに対するBS及びPLの二重計上が挙げられます。つまり、IAS32号23項が適用される以前から、NCIに対しては貸方での資本の計上(グループからみるとNCIも資本の一部)がされています。そして、IAS32号23項の適用により、親会社資本XX/NCIに対する金融負債XXを計上する場合、当初から計上しているNCI(資本としてのNCI)とNCIに対する金融負債(金融負債としてのNCI)というNCIに対する2重のBS科目が計上されます。さらに、子会社利益のNCIへの按分とNCIに対する金融負債の再測定により、NCIに対する2重のPLが計上されるという問題が指摘されています。
この点、今回のスタッフペーパーでは、親会社資本XX/NCIに対する金融負債XXという仕訳は、非支配持分であるNCIに子会社株式をプットバックさせる権利を追加的に与えているに過ぎず、当初から計上されている資本としてのNCIに影響を与えるものではないと説明しています。そして、当該NCIに対する金融負債は、資本保有者としてのNCIとの取引の結果生じたものではなく、1投資家としてのNCIとの取引の結果生じたものであるから、資本保有者との取引は資本取引として会計処理するとするIFRS10号の規定の適用は受けず、当該金融負債の再測定による影響はPLで認識されるとしています。
今回のスタッフペーパーではいくつかの論点が議論されていますが、IAS32号23項を適用した際の借方科目を親会社資本とし、グロスベースで認識される金融負債についてはIFRS9号の通常の金融負債として会計処理するという考えを取る場合には、その他の関連論点(子会社利益のNCIへの案分やデリバティブの行使時及び不行使時の処理)についても解決ができるとしています。
今後のプロセス
今回の会議では、本論点についてのボードの暫定決定は行われていないため、本論点は継続協議となります。IAS32号23項を適用した際の借方科目として親会社資本を用いるという考えは、会計処理としては単純になるので良いと思いますが、一方で、現在の実務としては、デリバティブを締結することによりNCIが子会社持分への現在のアクセス権を失ったか否かに基づきNCIを減額させるかどうかを決めるという考えもあるため、今後はこのようなIFRS10号の考え方との整合性も論点になるかもしれません。