2022年9月のIASB会議

20229月のIASB会議では、金融資産の契約上のCFの特性に関してIFRS9号を改訂する暫定決定がなされました。

 当該暫定決定は20224月と7月のIASB会議での議論を踏まえたものになります。それぞれのブログ記事は、2022年4月のブログ記事2022年7月のブログ記事を参照ください。

 ESG特性を有する金融資産

 債務者が予め定められたESG要件を充足したか否かにより金利が調整される金融商品(サステナビリティ・リンク・ボンド(ローン))が増加してきており、このような金利変動を有する金融商品のSPPI判定をどのように行うべきかが実務において論点になっています。IASB20224月の会議においてIFRS9号の改訂を行うことを決定、7月の会議において改訂方針について議論し、今月の会議において暫定決定の採決が取られました。

 9月の会議においては、SPPI判定の適用にあたり以下の点を明確化する改訂を行うとともに、ESG特性を有する金融商品についての設例を新たに作成することを暫定決定しました。なお、当該改訂はSPPI判定の原則を明確化するものであるため、ESG特性を有する金融商品に対してのみ適用されるものではなく、他の金融商品に対しても同様に適用されます。

n  契約上のCFSPPI要件を満たすためには、借手と関係のないリスクやファクターにより契約上のCFの変動を生じさせない。

n  契約の中に契約上のCFのタイミングや金額を変更させる条件が含まれている場合、以下の全ての要件を満たす場合はSPPI要件を満たす。

(a)   不確実な条件(Contingent event)の発生/不発生により契約上のCFが変動する場合、CFの変動が発生する全てのケースにおいて、SPPI要件を満たす。

(b)  不確実な条件(Contingent event)は借手に特有のものである。

(c)   契約上のCFのタイミングと金額の変動は決定可能(determinable)なものであり、契約書において特定されている。

(d)  不確実な条件(Contingent event)により発生する契約上のCFは、借手への投資には該当せず、また、資産の運用成果にさらされてもいない。

 ESG特性を有する金融商品においては、借手が契約書で規定されたESG要件を充足した場合に金利を減額する調整が行われ、ESG要件を充足できなかった場合に金利を増額する調整が行われます。このようなESG特性を有する金融商品のSPPI判定が実務において論点となっていたのは、あるESG要件の充足により金利が変動する場合、当該金利の変動をIFRS 9号の金利の要素(リスクフリー、信用リスク、利益等)と結び付けて、当該要素の中のどの項目が変動したことによって金利が変動したのかを説明できなければSPPI要件は満たせないと考えていたからです。IFRS 9号には、借手の信用リスクの増加に伴って金利を増加させる設例が載っており、当該金利の増加の正当性が金利の要素の1つである信用リスクの増加により説明されているため、実務では、契約上のCFが変動した場合は当該変動が金利のどの要素が変動したのかを説明できなければならないという考えが取られていました。ESG要件を満たした場合における金利の減額は、必ずしも債務者の信用リスクの低下を反映したものではないため、そのような場合にどのようにSPPI要件を判定すべきかが問題となっていたのです。

 今回の暫定決定ではこの点についての見解が明確化されました。つまり、金利の変動が起きた場合において、当該金利の変動をIFRS 9号の金利の特定の要素と結びつけて考える必要はない(金利の中のどの要素が変動したのかを説明できる必要はない)ことが明確化されました。スタッフペーパーでは、契約上のCFが不確実な条件(Contingent event)により変動する場合、契約上のCFが変動する全てのケースにおいてSPPI要件を満たすのであれば、当該金融資産はSPPI要件を満たすとされています。

 また、IFRS 9号における金融資産のSPPI判定は組込デリバティブの分離の規定を回避するために導入されたものですが、組込デリバティブの分離の規定は契約当事者に特有の非金融変数に対しては適用されないとされています。スタッフペーパーでは、今回のESG特性の充足の可否による金利の変動は、組込デリバティブの分離の規定における契約当事者に特有の非金融変数と類似点があるとも指摘されています。ただし、組込デリバティブの分離の規定における非金融変数は契約当事者にとっての非金融変数とされているためいずれかの取引当事者の非金融変数であれば該当しますが、今回のESG特性に関しては借手に特有のものである必要があります。

 契約上のCFのタイミングと金額の変動が決定可能(determinable)である必要があるというのはIFRS 9号の原則に規定されているものでありません。ただし、SPPI判定の原則は、全ての契約期間を通じて発生するCFSPPI要件を満たしている必要があるというものであるため、ここの点から契約上のCFは決定可能(CFがどのように変動する可能性があるかが予め分かっている)という要件が導かれます。

 スタッフペーパーでは以下の設例が紹介されています。

SPPI要件を満たすESG特性を有する金融資産

金融商品Iは、契約期間を通じて固定利息を支払う貸付金である。借手が予め定められたESG要件を充足した場合、予め定められたベーシス分が翌年度の固定金利から減額される。

分析

当該金融商品はSPPI要件を満たす。不確実な条件(Contingent event)を満たすか否かは借手がESG要件を満たすか否かにより決まるため借手に特有のものである。また、金利の調整額も契約書において規定されている。また、当該金融商品は借手に対する投資や資産の運用成績に対するリスクを負うものではなく、したがってSPPI要件を満たす。

SPPI要件を満たさないESG特性を有する金融資産

金融商品Jは、炭素価格インデックスに基づいて金利が調整される貸付金である。

 

分析

当該金融商品はSPPI要件を満たさない。当該金融商品の契約上のCFは市場価格(炭素価格インデックス)により変動する。したがって、契約期間を通じて発生する契約上のCFは、当該特定の借手に対して資金を貸し出すことに関連して生じるリスクと費用を貸手に補償するものではなく、SPPI要件を満たさない。

 上記の設例の金融商品Iを見る限り、ESG特性を有する金融商品のSPPI判定においては、複雑な検討は不要で、多くのケースにおいてはSPPI判定を満たすことになるのではないかと思います。また、借手側の会計処理については、組込デリバティブの分離の論点となりますが、上記のとおり、ESG特性の充足可否による金利の変動は契約当事者に特有の非金融変数に基づく変動であるとして、組込デリバティブの分離は行われないと考えられます(ただし、償却原価法で将来の金利変動をどのように会計処理するのかという論点は残ります)。

 契約上リンクした金融商品(CLI)とノンリコース金融商品

 メインの論点は、CLIとノンリコースをどのように区別するのか、つまりCLIが適用される場合のスコープの明確化にあります。

 ただし20229月のIASB会議では、以下のとおり、ノンリコースの規定についても明確化することが暫定決定されました。

 n  SPPI要件判定にあたり、ノンリコース特性を有する場合とは以下の場合を指す。

(a)   貸手は、契約期間を通じて、金融資産の基礎となる資産の運用成果のリスクにさらされている。

(b)  貸手が契約上のCFを受け取る権利は、金融資産の基礎となる資産が生み出すCFに限定されている。

n  ノンリコース特性を有しているか否か及びその場合におけるSPPI判定にあたり考慮すべき要素の例として以下が挙げられる。

(a)   取引の法的ストラクチャー、借手の資本構成

(b)  金融資産が基礎とする資産が生み出すCFが契約上のCFを上回る程度

(c)   SPPIを判定する金融商品に劣後する金融商品が他に存在するか

 ノンリコース特性を有する場合のSPPI判定が実務で論点になっているという話は聞いていません。以下のとおり、CLIのスコープを判定する際の要件の1つとしてノンリコース特性を有していることが規定される予定であり、ノンリコース特性の要件がどこかで規定されている必要があるため、上記の規定を設けることになったのだと思われます。

 CLIについては、以下の暫定決定がなされました。

 n  CLIのスコープを明確化するため、以下の要件を全て満たす場合はCLIのガイダンスを適用する。

(a)   複数の契約上リンクした金融商品(multiple contractually linked instruments)が用いられている

(b)  ノンリコース特性を有している

(c)   ウォーターフォール構造により、資産プールで発生したCFの分配が行われる

(d)  ウォーターフォール構造によるCFの分配により信用リスクの集中が行われ、CFが不足する場合には、契約上の権利が不均等に削減される。

n  CLIのガイダンスが適用される場合、資産プールは適格な資産のみから構成されている必要があるが、資産プールの中にリース債権のようにIFRS 9号の分類規定が適用されない金融商品が含まれている場合も、SPPI要件を阻害しないことを明確化する。

CLIのスコープに関しては、9月のミーティングで新しい情報は出てきていません。最大のポイントは、(d)CFが足りなくなった場合において契約上の権利が削減されるか否かという点にあるかと思います。通常のSPEストラクチャー(借入と資本の2種類の資金で資産をファンディングしているケース)では、(a)(b)(c)は満たしたとしても、(d)は満たさないと考えられます。つまり、SPEの中の資産が十分なCFを生み出さなくなったとしても貸付人の契約上の権利が削減されることはなく、返済を要求する権利を持ち続けるのが通常かと思います(そのためCLIの規定は適用されない)。

 また、CLIガイダンスが適用される際の資産プールの規定については、実務では既にリース債権を適格資産として扱っていると思います。なお、スタッフペーパーでは、ファイナンスリース資産の中に含まれるリース資産の残余リスクがある場合は通常SPPIを満たさないとされています。また、リース債権が変動リース料を生む場合において当該変動がSPPIと同等とみなせるかは検討が必要とされています。