はじめに

20229月のISSB会議において、7月末にコメントが締め切られたIFRS S1 (General Requirements for Disclosure of
Sustainability-related Financial Information,
以後Draft S1)及びIFRS S2 (Climate-related Disclosures、以後Draft S2)について議論が行われました。IASBサイトで公開されているアジェンダペーパーは以下のとおりです。

n  アジェンダペーパー3ADraft S1に対するコメントサマリー

n  アジェンダペーパー4ADraft S2に対するコメントサマリー

n  アジェンダペーパー3B&4B:今後の議論のプラン

n  アジェンダペーパー3C&4CISSB基準の適用の困難性を緩和するための方針

n  アジェンダペーパー3D&4Dfinanced emissions/facilitated emissions

 Draft S1及びDraft S2の概要については過去のブログで取り上げていますので、そちらをご参照ください。

 今後の議論のプラン

 Draft S1及びDraft S2ともに700通ものコメントが寄せられました。アジェンダペーパー3A及び4Aにはそれぞれの各公開草案のそれぞれの質問項目に対するコメントの要約が記載されています。

 ISSBとしては今後の会議の進め方として以下の方針を取るとしています。

 n  関係者の多くが賛成したトピック/論点:Draft S1/S2の提案通りに進める(ただし文言修正に対するコメントは検討)。

n  関係者の賛否が分かれたトピック/論点:回答者によって反応が分かれたトピック/論点で、Draft S1/S2の要求事項に対する追加/削除/修正の提案があったもの。今後議論すべきトピックの選定にあたっては、関係者が提供してきた情報のうちDraft S1/S2作成時に考慮されていなかった要素を重視する。

n  Draft S1/S2ISSB基準以外の既存のサステナビリティ基準とどの程度整合しているか:今後議論するトピックを選定するにあたっては、Draft S1/S2の中でISSB基準以外の既存のサステナビリティ基準と異なる開示/取扱いに焦点を当てる。ただし、企業によってサステナビリティ開示の経験値は異なることも考慮する。

n  ISSBの将来の議論において対応すべき事項:Draft S1/S2の最終化のための議論と、Draft S2/S2が最終化された後に議論すべき事項を分ける。

 今後のISSB会議で議論すべきトピック

 上記の方針をもとに、今後のISSB会議において議論すべきトピックが以下のとおり選定されました。 

トピック

論点

S1/S2共通】ISSB基準の適用の困難性(scalability)を緩和するための方針

Draft S1/S2に対する多くのコメントとして、Draft S1/S2が要求する開示のレベルが高すぎるため、リソースの少ない小規模企業やサステナビリティ開示の経験の浅い企業にとっては基準を適用することが困難であるというコメントがありました。これに対しISSBは、基準の適用の困難性を緩和するための方針をいくつか策定し、個別の状況に照らして最善の軽減策を図っていくことを提案しています。この論点についは9月のISSB会議で詳細が議論されましたので、以下も参照ください。

S1/S2共通】サステナビリティ(又は気候変動)関連のリスク・機会が企業の現在及び将来のBS/PL/CFに与える影響

Draft S1/S2では、サステナビリティ関連のリスク・機会が企業の現在及び将来の財務状況に与える影響を開示することを要求しています。当該開示は、原則として定量的(特定の金額又はレンジでの開示)に行うことが要求されており、定量的な開示が出来ない場合に定性的な情報を開示するとされています。この点に関しては、将来の財務状況への影響を定量的に測定するに際して測定の不確実性をどう扱うのか、定量的な開示ができない場合に該当する場合の条件、将来情報を開示することに伴う法的なリスクへの対応、リスク・機会が複合的に生じる場合においてこれを個別のリスク・機会の影響にどのように細分化すべきか等のコメントが寄せられています。ISSBは、上記のコメントについて明確化をすることを検討するとしています。

S1】企業価値(enterprise
value

Draft S1は企業の企業価値に焦点が当てられており、利用者による企業価値評価に影響を与えないと合理的に予想されるサステナビリティ関連のリスク・機会はDraft S1の対象外とされています(Draft S1.9)。これは開示すべき情報と開示が必要とされない「重要(マテリアル)な情報」の範囲にも影響する論点ですが、企業価値に影響を与える情報と与えない情報を合理的に峻別することが果たしてできるのかという論点や、企業の実際のサステナビリティ活動との乖離(実際のサステナビリティ活動としては、企業価値に影響を与える/与えないという区別がされていない)についてコメントが寄せられています。ISSBは企業価値に焦点を当てることが適切なのかどうかを再検討するとしています。

S1】開示の深度

Draft S1は、全ての重大なサステナビリティ関連のリスク・機会についての重要な情報を開示することを要求しています。具体的には、特定のISSB基準がない場合(たとえば、現時点では気候変動関連の基準しかなく、人的資本等のISSB基準はない)は、SASB基準等を参照して、全ての重大なサステナビリティ関連のリスク・機会を特定することを要求しています。この点に関しては、「サステナビリティ関連」の定義が不明確であるという点や、バリューチェーンとして含める範囲(自身がコントロールしてるバリューチェーンのみを含めればよいのか等)が不明確であること等により、開示されるサステナビリティ関連のリスク・機会にばらつき(深度)が生じる懸念があるとのコメントが寄せられています。ISSBは、「サステナビリティ関連」の定義の明確化やバリューチェーン等に関して、追加のガイダンスの提供を検討するとしています。

S1重大なサステナビリティ関連のリスク・機会

Draft S1では、全ての重大(significant)なサステナビリティ関連のリスク・機会についての重要(material)な情報を開示することを要求していますが、重大(significant)か否かの判断をどのように行うべきかはDraft S1では明らかにされていません(一方で、重要(material)なについては利用者の意思決定に影響を与えるものという定義があります)。ISSBは、そもそも「重大(significant)な」を付ける必要があるか否か、及び「重大(significant)」と「重要(material)」の関連性について検討するとしています。

S1】重大なサステナビリティ関連のリスク・機会の特定とその開示

上記のとおり、Draft S1では、特定のISSB基準が無い場合はSASB基準等を参照して、「全ての」重大なサステナビリティ関連のリスク・機会を特定することを要求しています。Draft S1ではこの特定に関して、SASB基準を含む4つのリソースを参照することを要求(shall consider)しているのですが、この点に関しては、shall considerが適切なのかどうか懸念が表明されています。ISSBは、Draft S1.51で列挙された情報に何が含まれているかを確認し、当該情報をどのように利用して「全ての」重大なサステナビリティ関連のリスク・機会を特定するかを検討するとしています。

S1】重要性の適用

Draft S1では、重要な情報のみの開示が要求されており、重要でない情報を開示することは必要ないとされています(Draft S1.60)。ある情報が重要か否かは、利用者による企業価値評価に影響を与えるかどうかによるとされており、Draft S1における重要性は、利用者による企業価値評価に焦点を当てているという点で、IFRS(財務諸表)の重要性とは異なっています。この点は、上述したDraft S1の目的にも関連してきますが、ISSBとしては、重要性の明確化及び重要性適用のガイダンスの適用を検討するとしています。

S1】結合された情報

Draft S1では、IFRSサステナビリティ開示基準で提供される情報とIFRS(会計基準)で財務諸表に関して提供される情報の結合性が要求されています。この点に関するコメントでは、異なるリスク・機会同士をどのように結合・分離して開示すべきか、リスク・機会の情報と財務諸表の情報はどのような状態であれば結合性が取れているといえるのか等のコメントが寄せられました。ISSBは、上記のコメントを受け、結合性に関するガイダンスを提供することを検討するとしています。

S1】報告頻度(報告時期)

Draft S1では、IFRSサステナビリティ開示基準は財務諸表と同時に公表する必要があるとしていますが、実務上、特に適用初期については、難しいというコメントが寄せられています。ISSBは、軽減措置を設けるかを検討するとしています。

S2】企業の戦略と意思決定、目標

Draft S2では、戦略のセクションにおいて重大な気候関連リスク・機会が企業の戦略や意思決定(移行計画を含む)に与える影響を開示することを要求し、指標と目標のセクションにおいて企業が設定した目標を開示することを要求しています。この点に関して、両者の開示の重複を無くすとともに、移行計画についての開示をより明確に要求すべきとのコメントが寄せられています。また、カーボンオフセットとカーボンクレジットの違いをより明確化すべきというコメントもあります。ISSBは、上記について、今後のISSB会議の中で対応していく予定としています。

S2】気候変動リスクに対する強じん性(レジリエンス)

Draft S2では、気候変動リスクに対する企業の戦略及びビジネスモデルの強じん性(レジリエンス)の分析を、その分析方法とともに開示することを要求しています。具体的には、原則としてレジリエンス分析はシナリオ分析において行うことが要求されており、シナリオ分析が出来ない場合にはその他の方法を認めるとしています。この点に関して、多くの企業にとって、特に小規模企業や気候変動開示の経験の浅い企業にとっては、シナリオ分析をすることは困難であるとのコメントが寄せられています。また、シナリオ分析は手法としてもまだ発展途上のものであり様々な困難が存在しているという指摘もあります。ISSBは、シナリオ分析を要求する状況について分析するとともに、どの部分について定量化を要求しどの部分を定性情報で開示するかを検討するとしています。

S2GHG排出量

Draft S2では、クロスインダストリー開示において、スコープ3 GHG排出量の開示が要求されています。スコープ3についてはバリューチェーンのGHG排出量を算定する必要があるため、データの取得可能性や見積りの使用、そして計算の不確実性という問題が以前より指摘されています。ISSBは、今回受け取ったコメントも含め、将来のISSB会議で検討するとしています。

S2】インダストリー別開示(financed/facilitated
emissions
を含む)

Draft S2Appendix Bにインダストリー別の開示(SASB基準にfinanced/facilitated
emissions
を追加)を含んでいますが産業構造の違い等から現状のものを全世界で適用することは実務上難しいという指摘がなされています。また、SASB基準があまり適用されていない国・地域からは、インダストリー別開示の適用時期を遅らせるべきとの提案もされています。また、金融機関に対して適用されるfinanced/facilitated emissionsSASB基準にはないことからAppendix Bに追加されたものですが、この論点についは9月のISSB会議で詳細が議論されましたので、以下も参照ください。

 ISSB基準の適用の困難性を緩和するための方針

 IFRSサステナビリティ開示基準が世界中で使用されるグローバルベースラインになるためには、IFRSサステナビリティ開示基準が多くの企業にとって適用可能な基準であることが必要になってきます。しかしながら、Draft S1及びDraft S2に対するコメントにおいては、Draft S1及びDraft S2は全般的に開示の要求水準のレベルが高く、リソースの少ない小規模企業やサステナビリティ開示経験の少ない企業にとっては適用が困難であるというコメントが多く寄せられました。このようなそれぞれの企業の置かれている状況によりサステナビリティ開示基準の適用の困難さが異なるという問題をスケーラビリティ(scalability)と言っています。

 20229月のISSB会議では、このスケーラビリティへの対応として、いくつかの方針が提案されました。

 スケーラビリティを解決するためのいくつかの方針

    ある特定の開示項目に関して、別途定める基準を満たした場合には、当該特定の開示項目の開示を要求しない(又はより開示が容易な別途の開示を要求する)。この場合、当該基準を満たしていることを企業自身が説明する必要がある。

    ISSBが基準適用の困難さを緩和するために追加のガイダンスを提供する。また、ISSB以外のサステナビリティを扱う基準設定主体等のガイダンス等を参照する。

    ある特定の開示項目に関して、全ての企業について開示が要求される基本的(basic)開示項目と、企業にとっては開示が困難となる発展的(advanced)開示項目に分ける。ただしこの取り扱いはISSB基準が適用される移行期のみとする。

 上記①と③は似ていますが、③は基準適用初期にのみ認められる一時的な軽減措置である点で①と異なっています(①は特定の要件を満たす限りにおいて、開示の免除又は簡便的な開示が永続的に続くことが前提とされています)。

 また②の追加ガイダンスの提供につては、Draft S1及びDraft S2に対するコメントにおいて、基準の要求事項が抽象的であり、比較可能性の確保された開示が行われるためには(それぞれの企業が独自の解釈を行いばらばらの開示が行われるのを防ぐためには)、より具体的なガイダンスや設例が必要であるというコメントに対応するものです。企業によってサステナビリティ開示の経験値も異なることから、追加のガイダンス及び設例の提供により、比較可能性の確保された開示が行われることが期待されます。

 今後の議論においてスケーラビリティが問題となる状況においては、それぞれの個別の状況に鑑みて上記のいずれかのうち最も適切な方法が選択され、基準適用の困難さを緩和していくことが予想されます。

 ちなみにDraft S1及びDraft S2においてもすでに上記①に近い軽減措置が設けられており、このような軽減措置が他の開示項目に対しても適用されていくことが予想されます。

n  DraftS1 及びDraft S2において、重大なサステナビリティ(又は気候変動)関連のリスク・機会が企業の現在及び将来のBS/PL/CFに与える影響について定量的に開示する。ただし、定量的に開示することが出来ない場合には定性的に開示する。

n  Draft S2において、気候関連の変化に対する企業の戦略及びビジネスモデルの強じん性(レジリエンス)を開示するに際に、企業は気候関連のシナリオ分析を用いて分析を行う。ただし、シナリオ分析を用いることが出来ない場合には別途の方法にて行う。

ただし、この「定量的に開示することができない/シナリオ分析を用いることができない」というのが具体的にどういう場合を指すのか/どういった状態であればこの要件に該当するのか、についてはコメントが寄せられています。

 また、基準適用の困難性を緩和する方法として、“Comply or explain”(基準を適用しない場合には説明する)も検討されましたが、開示される項目が企業にとって任意に選択され開示の比較可能性が損なわれることから、9月の会議では却下されています。

 金融機関に求められるスコープ3関連の追加開示(financed emissions/facilitated emissions

 Draft S2では企業が属する産業に関係なく適用されるクロスインダストリー開示においてスコープ3 GHG排出量(企業自身以外のバリューチェーンのGHG排出量)の開示が求められていますが、金融機関に関してはインダストリー別開示においてfinanced emissions及びfacilitated emissionsと言われる金融機関の取引相手が排出するGHGのうちの金融機関相当分の開示が求められています。たとえば銀行は企業に貸出を行っていますが、当該貸出取引における借入人が排出するGHGの一部を銀行のGHGとして(銀行のスコープ3 GHG排出量として)計算することが求められています。financed emissionsfacilitated emissionsの違いは、前者は貸出等により金融機関がエクスポージャーをオンバランスしている場合を指し、後者は証券会社等が顧客から金融取引においてフィーを受け取っている場合等のオフバランス取引が該当します。いずれも取引相手のGHG排出量の一部を自分のGHG排出量としてカウントするのでスコープ3に該当するものですが、Draft S2では、インダストリー別開示においてSASBの開示にこれらfinanced emissionsfacilitated emissionsが追加されました。

 銀行による貸出を例にとると、GHG排出量の多い債務者はそれだけ気候変動リスク(移行リスク)が高く、将来的に債務者のビジネスモデルは変更を余儀なくされる可能性があります。そのため、そのような気候変動リスクの高い債務者に貸し出しを行っている銀行の貸出金も当該債務者の気候変動リスクの影響を受けることになります(債務者の業況が悪化した場合には貸出金が焦げ付く可能性がある)。また、社会が低炭素経済への移行を目指す中、GHG排出量の多い債務者に対して貸出を行う銀行に対してはマーケットから厳しい目が向けられています(銀行のレピュテーションリスクに影響する)。

 一方でfacilitated emissionsについては、証券会社等による引受や証券化等のアドバイザリーサービス(オフバランス取引)を対象とするもので、financed emissionsとは異なり取引相手のエクスポージャーは金融機関の資産として計上されていませんが、取引相手のGHG排出量が多い場合は証券会社等が受け取るフィーが減少するリスクがあるということで、取引相手のGHG排出量のうちの金融機関相当分についてfacilitated emissionsとして開示が求められています。

 9月のISSB会議ではfinanced emissions/facilitated emissionsについてのコメントが分析されました。多くの回答者はfinanced emissions/facilitated emissions の開示を要求するというDraft S2の提案に賛成していましたが、いくつかの点については懸念が表明されました。たとえば、

n  financed emissions/facilitated emissionsは取引相手先のGHG排出量の一部を金融機関のスコープ3 GHG排出量として算定するものであるため、他のスコープ3 GHG排出量と同様に、取引相手先のGHG排出量を入手できるかという点が重要になってきます。この点、一部の回答者は、取引相手先のGHG排出量を入手することの時間的制約から、financed emissions/facilitated emissionsを他のサステナビリティ関連情報と同時に公表することは難しいというコメントが寄せられています。

n  Draft S2では、financed emissions/facilitated emissionsについて、取引相手先におけるスコープ1/2/3の別に分解した情報の開示を要求しているのですが、取引相手先のスコープ3情報に関してまでfinanced emissions/facilitated emissionsを計算することは実務上困難であるというコメントが寄せられています(金融機関が取引相手先のスコープ3情報を見積もることは困難であるため)。

n  貸出取引においてクレジットデリバティブが使われている場合や担保を取っている場合等、貸出エクスポージャーの信用補完が行われている場合において、これをfinanced emissionsの計算にどのように反映すべきかについてコメントが寄せられています。

n  financed emissions/facilitated emissionsはスコープ3 GHG排出量の一種ではありますが、その特殊性から、financed emissions/facilitated emissionsの開示の適用時期は他のスコープ3の適用時期よりも遅らせるべきであるというコメントが寄せられています。

 上記のコメントについては、今後のISSB会議において、方向性が議論されていく予定です。

 今後のステップ

 9月の会議において、コメントレターの要約が示されるとともにその中からISSBが今後の会議の中で議論・検討していく具体的な論点が特定されました。また、IFRSサステナビリティ開示基準がグローバルベースラインとなるための(世界中の多くの企業にとって適用が可能となる基準となるための)適用の困難性を緩和するための方策についても方向性が示されました。7月末のコメント締め切りから9月時点でここまでの議論が進んでいることは驚きですが、同時に、基準の最終化のためには議論すべき事項が多く残っているという印象です。実際、ISSBは当初、IFRSサステナビリティ開示基準の最終化を2022年中としていましたが、関係者からのコメントに対する対応の必要性から、現時点における基準最終化のターゲットは2023年の可能な限り早い時期に変更しています。