2022年10月のIASB会議
開示の問題(disclosure problems)*を解決するために始まったDisclosure initiativeプロジェクトですが、2022年10月のIASB会議において、公開草案で提案した方法を修正し、現状の開示方針から大きな変更を行わない方法(middle ground approach)を取る方向に軌道修正することを暫定決定しました。なお、前回までの議論はこちらをご参照ください。
*開示の問題(disclosure problems)とは、現状の財務諸表における開示が、本来開示されるべき関連する情報が開示されておらず、本来開示されるべきではない関連しない情報が多く計上され、また、財務諸表における開示情報が財務諸表利用者とのコミュニケーション手段として機能していないというものです。
公開草案では、上記の開示の問題がIFRSにおける開示の作りにあるとの考えのもと、現状の開示要求のように企業に対して特定の情報を開示させることを要求するのではなく、財務諸表利用者の情報ニーズを明らかにすることによりどのような情報を開示すべきかを企業自身に判断させることを求めていました。
すなわち各基準書にはハイレベルな視点から財務諸表利用者の情報ニーズを記載した全般的な開示目的(overall disclosure objective)と、それよりも下位に位置する特定の項目に関して財務諸表利用者の情報ニーズを記載した特定の開示目的(specific disclosure objective)を設け、企業には両者の開示目的を充足するような開示を求めることが提案されていました。また、公開草案で提案された新たな開示案では、企業が(最低限)開示すべき情報は現状よりも少なくなることも提案されていました。
当該公開草案に対しては、全般的な開示目的の記載のあいまいさやハイレベルな視点で財務諸表利用者が求める情報を特定することの難しさ等により、全般的な開示目的は実務では機能しないと考える関係者が多く、IASBとしては全般的な開示目的をこれ以上追求することはできないと判断しました。また、企業が最低限開示すべき情報が減るということに対しても情報の比較可能性が損なわれるという懸念があり、この点についても修正を余儀なくされました。さらに、開示の問題の根本原因は、企業による重要性の判断が適切にできていない点にあるという意見があり、IAS第1号31項に記載されている重要性の判断(重要でない情報はたとえ特定のIFRSが開示を要求していたとしても開示する必要はない、重要な情報はたとえ特定のIFRSで開示の要求がなかったとしても開示する)が適切に出来てさえいればこのような開示の問題は生じないという点について、IASBメンバー間での意見が一致しました。
結局、10月の会議で暫定決定されたmiddle ground approachというのは、以下のとおり、現状の開示要求とほとんど変わらない作りになっていると思います。
(a) 全般的な開示要求は、情報利用者のニーズを記載するに留まり、全般的開示要求を満たすことを要求することまではしない:これは最近のIFRSではこのような建付けができています(IFRS 15号110項やIFRS16号51項)。
(b) 特定の開示目的を満たすことを企業に要求する:この点は現状の開示にはない点と思います。
(c) 財務諸表利用者が特定の開示目的により開示される情報で何をしようとするかを説明する:この点も現状の開示にはない新たな情報の提供になります。
(d) 開示すべき情報について言及する際は開示を要求する形で記載する:現状の開示と変わりません。
上記のとおり、新たな開示方法(middle ground approach)では、企業は特定の開示目的を満たすことを要求されるため、この点に関しては企業はより判断が要求されるようになると考えられます。ただし、特定の開示目的はかなり細かいレベルで設定される開示目的であるため、開示すべき情報について判断に迷うようなケースはそう多くはないのかなと思います。
上記のとおり今後の方針が暫定決定されましたが、開示の問題を解決するためには財務諸表をとりまく関係者の全員が重要性判断を適切に行うという行動変容が必要であり、そのような関係者全員の行動変容のないところに企業の判断に基づく開示を求める公開草案は理想が高すぎたと言われても仕方がないかもしれません。ただし今回、プロジェクトの理想は高すぎたかもしれませんが、現実が認識できたことはよかったのではないかと思います。