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はじめに
11月は通常のISSB会議に加えて、月初に臨時のISSB会議が開かれました。以下では重要なトピックを中心に解説いたします。
リスク・機会の特定及び開示情報の検討にあたっての他の情報ソースの検討
ISSBが現在最終化を目指しているサステナビリティ開示基準はDraft S1とDraft S2の2つあり、Draft S1はサステナビリティ開示基準の全般的な要求事項を定め、Draft S2は気候変動に関する開示基準になっています。サステナビリティ関連のリスク・機会は気候変動以外にも様々あり(人権や人的資本等)、ISSBはDraft S1/S2を最終化したのち、順次、次のトピックを決めて気候変動以外の基準開発を進めていく予定ですが、Draft S1は企業がIFRSサステナビリティ開示基準を初度適用した当初から気候変動を含む全てのサステナビリティ関連のリスク・機会についてTCFDに沿った開示を要求しています。
このような状況のなか、Draft S1では企業がサステナビリティ関連のリスク・機会を特定する際には、SASB基準のdisclosure topics、CDSBのフレームワークガイダンス、投資家を情報利用者としている他のサステナビリティ基準設定主体が直近で開発したガイダンス、企業と同様の産業/地域に属する他企業が特定しているリスク・機会を検討しなければならない(shall consider)としていました。そして、リスク・機会の特定に続き、開示する情報を検討する際にも上記の情報ソースを検討しなければならない(shall consider)としていました。
Draft S1の当該アプローチはすでに存在している他のサステナビリティ開示基準(ただし情報利用者を投資家にしているもの)を活用しようとするものであり、多くの関係者は賛成しましたが、いくつかの点に関しては懸念が表明されました。例えば、検討しなければならない(shall consider)というのは、結局、適用しなければならない(shall apply)と同じことになるのではないか、参照すべき情報ソースが膨大でコストとベネフィットが釣り合わないのではないか、企業と同様の産業/地域に属する他の企業が特定しているリスク・機会や開示情報を検討しなければならないという要求は検討すべき範囲が明示されておらず検討したことを立証することが困難なのではないか、などです。
そのような懸念を踏まえ、11月のISSB会議では、以下の暫定決定がなされました。
n SASB基準については、Draft S1の提案通り、リスク・機会の特定と開示情報の特定の両方において、検討しなければならない(shall consider)とする。
n CDSBのフレームワークガイダンスについては、Draft S1の提案を軟化させ、リスク・機会の特定と開示情報の特定の両方において、検討することができる(may consider)に変更する。
SASB基準については、10月のISSB会議においてDraft S2に含まれるAppendix B(SASB基準をもとに作成されたインダストリー別開示)の取扱いを「適用しなければならない(mandatory)」から「適用することができる(non-mandatory)」に変更しましたが、上記のとおり、リスク・機会及び開示情報の特定の局面ではSASB基準の参照・検討は要求されることになりました。ISSBとしては投資家をターゲットに開発されインダストリー別の比較可能性も担保できるSASB基準をISSB基準に最も近いサステナビリティ開示基準と位置付けており、SASB基準はグローバルベースでは適用できないという批判があるにしても、あくまでここではSASB基準の「参照・検討」を要求しているのであって「適用」を要求しているわけではなく両者の違いについても説明によって明確化することが可能という立場から、Draft S1の立場を踏襲することを決定しました。
また、Draft S1では提案されていませんでしたが、11月の会議では、企業が開示情報を検討するにあたってGRI基準やESRS(EFRAGが開発中の欧州企業に適用される予定のサステナビリティ開示基準)を参照することが許容されるかが議論されました。GRI基準やESRSはその情報利用者を投資家に限定しておらず、より広い利用者を対象にしているため、GRI基準やESRSの開示情報にはISSB基準が対象とする投資家をターゲットにした情報以外の情報が含まれることになります。そのためスタッフペーパーの提案では、①開示情報を検討する上では参照することは可能とするが、リスク・機会の特定において参照することは適切ではない、②開示情報を検討するうえで参照することを許容する場合であっても当該情報がDraft S1の目的(投資家の情報ニーズを満たす)と整合していると企業が判断する場合に限り参照を認めるとしています。このようにGRI基準やESRSを明示して参照することを認めることを基準化することの目的/意味として、ISSB基準とGRI/ESRSの相互適用可能性を確保したいということがあります。ESRSの中にもISSB基準を参照する可能性があるとのことです。
11月の会議では、この点についての意思決定はされず、今後のISSB会議に持ち越されました。投資家の情報ニーズに応えることを目的とするDraft S1が投資家以外の情報利用者を想定するGRI基準やESRSを参照するのはその目的からしてやや逸脱している感があり反対意見を表明するボードメンバーもいましたが、相互適用可能性の確保という目的のためにはスタッフペーパーの提案は許容される(バランスが取れている)のではないかと思われます。実際、すでにDraft S1では、IFRSサステナビリティ開示基準により開示される情報が不明瞭にならない限りにおいて、投資家等以外を利用者とする他のサステナビリティ関連情報と一緒に情報を開示することは可能とされています。
企業の個別の状況に整合的なシナリオ分析を要求することに変更
Draft S2では気候変動リスクに対する企業の戦略及びビジネスモデルの強じん性(レジリエンス)の分析を、その分析方法とともに開示することを要求しています。具体的には、原則としてレジリエンス分析はシナリオ分析において行うことが要求されていますが、シナリオ分析が出来ない場合にはその他の方法により行うとされています。
関係者からのコメントとして、 “シナリオ分析”と“その他の方法”の違いが不明瞭である、 “シナリオ分析”とは定量情報を用いたモデルによる分析だけを“シナリオ分析”と呼んでいるのか、シナリオ分析が出来ない場合とは具体的にどういう場合が該当するのか、等の質問が寄せられていました。また、TCFDガイダンスでは定性的な分析のみを行う場合であってもそれはシナリオ分析とみなされているというコメントもされていました。
上記のコメントを受けて、11月のISSB会議では、TCFDガイダンスの考えを踏襲し、シナリオ分析とその他の方法を区別せずシナリオ分析を要求することに一本化するとともに、当該シナリオ分析は企業の個別の状況(企業の規模や能力、気候変動リスクの程度)を踏まえたものを企業に要求することが暫定決定されました。TCFDガイダンスではシナリオ分析に関して以下の3つのステージが記載されており、ISSBは企業の個別の状況に応じて適切なステージのシナリオ分析が行われることを担保する追加のガイダンスを作成することを検討するとしています。
Just beginning |
Gaining experience |
Advanced experience |
定性的な将来のシナリオを記述することにより気候変動における企業のレジリエンスを分析評価する。分析の対象は企業全体ではなく企業の一部門であったり等、限定的である。 |
定量的なデータを用いてシナリオ分析を行う。シナリオ分析は企業の将来の姿を描くとともにその結果についても予想する。分析は企業全体を対象とする。 |
精緻なモデルを組むことにより、統計的にも説明可能な定量的シナリオ分析を行う。 |
見積り変更時における比較期間の指標の修正
Draft S1では、当年度において開示される指標については、比較年度の指標を同時に開示することを要求しています。ここで、Draft S1においては当年度において開示される比較年度の指標の取扱いについては、以下のとおりとされていました。
n 指標又は目標が再定義される場合や他のものに変更された場合には、比較年度の情報を修正再表示する(ただし、実務上不可能である場合を除く)。
n 比較年度の開示情報に重要な誤りが見つかった場合には、比較年度の情報を修正再表示する(ただし、実務上不可能である場合を除く)。
n 当年度に見積りの変更を行った場合は、比較年度の情報は新たな見積りを反映させるよう修正する(ただし、実務上不可能である場合を除く)。
上記3点目の見積りの変更を行った場合に比較年度の指標を修正するというのは財務諸表における見積りの変更の取扱いと異なっています(財務諸表では見積りの変更は、変更があった期に将来に向けて見積りの変更を反映させるため、比較年度を修正しません)。Draft S1の結論の背景では、上記の取扱いが財務諸表における取扱いと異なっていることは意図的である旨(比較期間を修正することがトレンド分析に役立つ)を説明していましたが、関係者からは、IAS 8号との違いが明確ではない、過去の指標を再計算する場合のコストは便益を上回る等のコメントが寄せられました。
11月の会議ではこの点が議論され、Draft S1の提案を修正し、比較年度における指標のうち、見積りの変更により修正が必要になる場合と必要にならない場合の明確化をする提案が暫定決定されました。具体的には、
n 比較年度における指標が、将来に関して行われた見積り(forward-looking estimates)ではなく過去に関して行われた見積り(Historic estimates)である場合(当該比較年度期間を含む)は、当該比較年度に行われた見積りを当年度において修正する。
ü 例えば、比較年度における指標計算時にはデータが取得できる範囲の制限から一部のデータから全体のデータを推計していたところ、当年度においてより多くのデータを取得できるようになったため当該アプローチを比較年度にも当てはめる。
ü 例えば、比較年度における指標計算時には産業全体の平均値でサステナビリティ関連指標を計算していたが、当年度において計算方法を改訂したため、同じ方法を用いて比較年度の指標を再計算する。
n 比較年度における指標が、将来に関して行われた見積り(forward-looking estimates)である場合、当該比較年度に行われた見積りは当年度において修正しない。
ü 例えば、比較年度における指標計算時にはサステナビリティ関連リスクへの対応のために当年度にCU 100の投資を行うことを見積もっていたが、当年度になって実際の投資がCU 125になった。この場合は、比較年度における当年度の見積りの修正は行わない。
上記のとおり、過去において行われた将来に関する見積りは過去に遡って修正しないというのは財務諸表における取扱いと整合すると思います。あくまで過去に遡って修正するのは、見積りの計算方法が変更された場合や精緻化された場合ということになりそうです。
スタッフペーパーでは、以下の例が記載されていましたので紹介します。
n Year 1において企業はあるバリューチェーンから生じるスコープ3 GHG排出量を産業別平均値を用いて計算し、CO2換算で24,000トンと見積もっていた。
n Year 2において、企業は当該サプライヤーから当該企業に固有のデータを入手しYear 1のスコープ3 GHG排出量はCO2換算で26,500トンであると再計算した。
n Year 2における当該サプライヤーのスコープ3 GHG排出量はCO2換算で22,000トンであった。
|
Year 1 (当初見積り) |
修正 |
Year 1 (改訂後見積り) |
Year 2 |
スコープ3 GHG排出量 |
24,000 |
2,500 |
26,500 |
22,000 |
上記の例における考え方としていくつかの方法がISSBスタッフの見解と共に説明されています。
Year 2における開示 |
Year 1 (比較年度) |
Year 2(当年度) |
コメント |
比較年度を修正 |
26,500 |
22,000 |
暫定決定に基づく方法。GHG排出量が減少している実際のトレンドを反映している。 |
当年度に修正を反映 |
24,000 |
24,500 |
修正を当期に含めた結果、GHG排出量が減少している実際のトレンドを反映しておらず適切でない。 |
比較年度も当年度も修正しない |
24,000 |
22,000 |
修正の2,500が反映されておらず適切でない。 |
サステナビリティ財務情報の開示時期
Draft S1ではサステナビリティ財務情報は一般目的財務諸表と同じタイミングで開示することが要求されていますが、これはサステナビリティ財務情報を財務諸表と同じタイミングで開示することにより両者の結合性(Connectivity)を確保し、財務諸表で提供される情報とサステナビリティ財務情報で開示される情報が相互に補完しあって投資家の意思決定に資する情報を提供すると考えているためです。
Draft S1の中で両者の結合性を示す要求事項としては、サステナビリティ財務情報の報告主体は財務諸表と同じ連結グループであること、対象となる報告期間も財務諸表と同様であること、そしてサステナビリティ財務情報は一般目的財務諸表の一部として開示すること(一定の要件を満たせば参照形式で開示することは可能)、そして一般目的財務諸表の一部として開示される結果としてサステナビリティ財務情報を開示するタイミングは財務諸表と同じであることが要求されています。
11月の会議では、このサステナビリティ財務情報の開示のタイミングについて議論がされました。関係者からのコメントでは、現在のサステナビリティ情報の開示実務では、財務諸表と同時に開示されている例はあるものの、財務諸表の開示後3カ月から9か月遅れてサステナビリティ財務情報を開示している実務が行われているとのことで、両者を同じタイミングで開示することに対しては以下のような懸念が示されています。つまり、適用初期は作成者に負荷がかかること、グループ内部での情報収集プロセスを高度化する必要があるがまだまだ時間が必要であること、適時にデータを取得することが実務上困難であること、見積りを多用することによりデータの質が低下する懸念があること、各国の規制と整合しない可能性があること、開示の早期化と開示されるデータの質にはトレードオフの関係があること、など。
ISSBの分析としては、関係者がサステナビリティ財務情報を適時に開示することが困難であると考えている最大の理由は関連するデータを適時に取得することが困難である点にあると考え、データを取得することが困難であるケースを以下のとおり分類しています。
(1) 企業が複雑な組織構造を持つ大企業である場合、これら全ての連結内部企業からデータを適時に取得することが困難である
(2) データを第三者から入手する必要がある場合(例えば、電気や水道の使用量について電力会社や水道会社から使用量を入手する必要がある場合)、適時にデータを入手することが困難である
(3) バリューチェーンから適時にデータを入手することが困難である(例、スコープ3 GHG排出量)
ISSBの見解としては、サステナビリティ情報の開示が実際に始まり企業内部のプロセスが高度化されデータ取得や開示情報の作成の実務が蓄積されていけば、サステナビリティ財務情報を現状よりも早期に開示することは可能と考えているようです。また、データを適時に取得できない場合にはデータが取得できるまで待つのではなく、見積りを活用することが重要と考えているようです。
また、サステナビリティ関連情報の開示を財務諸表の開示と同時に行うことを要求しているのはISSBだけでなく、例えば、UKにおけるTCFD関連の開示は年次財務諸表の中において行うことが要求されており(結果、同時に開示される)、またSECが提案している気候変動の開示についても当該気候変動開示は年次報告書において開示する(結果、同時に開示される)ことが要求されています。
11月の会議の結論としては、サステナビリティ財務情報と財務諸表の開示を同時に行うことはDraft S1の目的を達成するうえで欠かせないということで、原則としてDraft S1提案通り両者は同時に開示される必要があることが確認されるとともに、移行措置として、Draft S1/S2の適用時期から限定的な期間に限って、財務諸表の公表日から最大3カ月まで(もしくは翌期の第2四半期の決算発表時まで)サステナビリティ財務情報の開示を遅らせることができることが暫定合意されました。情報利用者である投資家の立場からすれば両者は同時に開示されるべきではあるものの、適用初期の作成者の負担を考慮し、両者のバランスを取ったものと説明されています。
その他の議論
11月の会議では、上記以外にも、Draft S1におけるリスク・機会が現在及び将来の企業の財務状況に及ぼす影響について開示する場合における具体的な開示例(定量的な開示例、定性的な開示例)や、Draft S2における気候変動におけるリスク・機会が企業の戦略や意思決定に及ぼす影響の開示や移行計画の開示についての明確化が議論されました。