コーポレートガバナンス・コードの改訂

20216月に改訂された「コーポレートガバナンス・コード」の補充原則3-1③では、以下のとおり記載されています。

「プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFD又はそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである」

 コーポレートガバナンス・コードでは、Comply or Explainの原則が取られ、各原則に従わないのであればコーポレートガバナンス報告書においてその理由を説明する必要があります。なお、20216月に改訂された項目のうちプライム市場上場会社に対してのみ適用される原則等については、プライム市場創設後の202244日以降に開催する定時株主総会の終了後に遅滞なくコーポレートガバナンス報告書を提出することとされています(「コーポレートガバナンス・コード」改訂にかかるパブリックコメントの質問46)。

 TCFDとは何か?

 TCFDとは「Task Force
on Climate-related Financial Disclosures
(気候関連財務情報開示タスクフォース)」の略で、20176月にTCFDは、気候変動が企業に及ぼす影響を財務諸表利用者が評価できるよう、企業が開示すべき情報を提言(TCFD提言)しました。

 TCFD提言が出された背景としては、気候変動により世界が低炭素社会へ移行し、そのような大きな事業環境の変化の中で企業が現在どのような対応をしている(又はしようとしている)のかについての財務諸表利用者の情報ニーズがあります。また、気候変動に関連する統一された開示のフレームワークを提供するというのもTCFD提言の目標の1つです。

 TCFD提言では、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」という4つの大きな枠組みを設け、合計11項目の開示を提案しています。ここでは開示の細かい内容には触れませんが、背後にある大きな考え方を理解するうえでは以下の図が参考になるように思います。

気候関連のリスク、機会、財務的影響についての図

       『最終報告書 気候関連財務情報開示タスクフォースによる提言(20176月)(訳 株式会社グリーン・パシフィック)』P7より抜粋

 すなわち、企業は気候変動に関連して様々なリスクを負っています(例えば、ガソリン車から電気自動車への移行やESGの高まりによる顧客が選好する商品・サービスの変化等)。一方で、企業が負っているのはリスクだけでなく、気候変動に関連した市場の変化をうまく捉えることができればそれは企業にとってはチャンス(機会)にもなります。

 TCFD提言では、そのような企業にとっての潜在的なリスクや機会を特定したうえで、当該リスクや機会に対して企業がどのような対応(反応)をしている(又はしようとしている)のか、その対応がどの程度うまくいっているのかを開示することが提案されています。気候変動に関連するリスク及び機会が企業の財務諸表に及ぼす影響は遠い将来の話ではありますが、当該将来の財務的インパクトは、日々の業務の積み重ねの結果でもあり、それは、リスク及び機会の特定と、自社の戦略への落とし込み、業務プロセスとしてのリスク及び機会の特定・評価・管理、そしてこれらを監督するガバナンス構造により説明ができると考えられています。そして最終的には、気候変動に基づくリスクや機会が企業の将来の財務諸表(例、売上、売上原価、費用、資産、負債)にどのような影響を及ぼすかを開示することが求められています(上記の図を参照)。

 プライム市場上場会社は20223月期にどう対応すべきか?

 日本取引所グループ(JPX)は202111月に「TCFD提言に沿った情報開示の実態調査」(以下、レポート)を公表しました。レポートでは、20213月末時点でTCFDに賛同を表明し、TCFD公式ウェブサイトにTCFD Supportersとして社名が掲載されている259社の日本企業を対象に、TCFD提言に沿った情報開示の実態調査の結果が記載されています(リンク)。

 レポートによると、259社のうち36社はTCFD提言に賛同はするものの1項目も開示をしていなかった会社とされており、1項目以上の開示をしていた会社は残りの223社ということになります。一方で、プライム市場上場会社の総数は1,841社とされており、ほとんどのプライム市場上場会社は20213月末時点においてTCFD提言の開示をしていなかったということになります。

 20213月末ではTCFD提言の開示をしていなかったとしても、20216月のコーポレートガバナンス・コードの改訂を受け、対応を始めた企業も多いのではないかと思われます。以下では、初めてTCFD提言の開示を行う企業向けにいくつかコメントをさせていただければと思います。

 上記のとおり、1年前の時点でほとんどの企業がTCFD提言の開示を行っていませんが、今年の有価証券報告書等においてTCFD提言の開示をすることは本当に要求されるのでしょうか。

 この点、あくまで個人的な意見ですが、少なくとも企業の現在の検討状況を開示することは必要なのではないかと思います(何も検討をしていなければ開示はできないですが)。レポートにも記載されているとおり、すでに開示をしている会社の中でも開示項目の数にはばらつきがあるとされています(以下の図を参照)。また、TCFD提言の開示を行っている会社であっても、多くの会社は推奨される11項目の全てを開示しているわけではなく、一部の項目のみを開示しているという点は世界共通のようです。TCFDは毎年Status Reportを公表しており、2021年10月のStatus Reportによれば、調査対象会社の50%が3項目以上を開示しているとしています。これは逆に言えば、2項目以内の開示しかしていない会社も相当数いるということになります。

したがって、TCFD提言の開示初年度の日本企業においては、検討状況に応じて可能な範囲での開示をすればよいと考えられます。

開示項目数別の社数(全259社)

                      『TCFD提言に沿った情報開示の実態調査 株式会社日本取引所グループ』P8から抜粋

 次に、どの媒体で開示をするかですが、以下のとおり、最も利用されているのが統合報告書/アニュアルレポート、次にESG/CSR/環境/サスティナビリティレポート、最後に有価証券報告書とされています。有価証券報告書で概要を説明し、統合報告書等へ参照をするケースもあるようです。

『TCFD提言に沿った情報開示の実態調査 株式会社日本取引所グループ』P10から抜粋の表

                          『TCFD提言に沿った情報開示の実態調査 株式会社日本取引所グループ』P10から抜粋

 TCFD提言では、「ガバナンス」と「リスク管理」については、財務報告書(日本での有価証券報告書)での開示を推奨し、「戦略」と「指標と目標」については気候関連情報の重要性が高い場合において財務報告書での開示を推奨しています。一方で、TCFD提言は様々なセクターや国・地域で幅広く適用されるよう作成されており、国内の開示要件より優先されるべきではないともしており、これに基づけば、開示媒体を何にするかは日本国内の規定等に従って判断できると考えられます。事実、「コーポレートガバナンス・コード」改訂にかかるパブリックコメントの質問323の「また、開示方法は、有価証券報告書等の法定開示、決算短信等の制度開示、CSRレポート、統合レポートやホームページでの表示といった任意の情報提供のうちのいずれを指すのか」という質問に対しては、「サステナビリティの要素として取り組むべき課題は、各社各様であり、その結果、取組みの在り方・開示の在り方も各社各様となるものと考えられます」と回答がされています。

 以上をまとめると、今回初めてTCFD提言の開示を行うプライム市場上場会社は、コーポレートガバナンス報告書を提出するまでに、TCFD提言に沿った検討を開始し、その検討状況を任意の媒体を通じて発信することが求められるのではないかと考えられます。気候変動に対する企業の取組みは長期にわたるものであり、はじめから完璧を求める必要はないと思われます。事実、既にTCFD提言に沿った開示をしている会社は複数年をかけて開示をブラッシュアップしてきている会社が多いので、初年度開示のハードルはそれほど高く捉えなくてもよいのではないかと思われます。

 弊事務所によるTCFD対応コンサルティングサービスのご紹介

こちらのページで弊事務所によるTCFD対応コンサルティングサービスを紹介しております。ぜひご覧いただければ幸いです。