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公開草案の概要
2022年3月31日、ISSBはサステナビリティ開示基準の公開草案を公表しました。
公開された資料:
n IFRS S1 General Requirements for Disclosure of Sustainability-related Financial Information(General ED)、結論の背景と設例を含む
n IFRS S2 Climate-related Disclosures(Climate ED)、結論の背景と設例を含む
n 公開草案の概要を簡潔にまとめたSnapshot
n Climate EDについてTCFD提言との比較
n 基準原案(プロトタイプ)からの変更点
General EDは、財務諸表利用者の企業価値評価に影響を与える「全てのサステナビリティに関する重大(significant)なリスクと機会」についての情報を企業に開示することを要求しています。
一方で、Climate EDは気候変動に関するEDで、財務諸表利用者の企業価値評価に影響を与える「気候変動に関する重大(significant)なリスクと機会」についての情報を企業に開示することを要求しています。
General EDは、あるサステナビリティ要素について特定のサステナビリティ開示基準がない場合にこれを補足することが意図されています。例えば、人権や多様性が企業にとって重大なサステナビリティ要素であると判断された場合、これらのサステナビリティ要素については現時点で特定のサステナビリティ開示基準がないため、General EDで捕捉され開示が要求されます。ISSBは、(気候変動のように)業種横断的に発生するサステナビリティ要素については、今後も特定の基準を作成していく方針としています。
General EDもClimate EDも、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」についての開示を要求しています。この4つの柱は、企業のサステナビリティ要素に対する対応方針・活動の実態を反映しているとされ、TCFD提言に沿っているものです。
また、General EDは、重要性や開示の頻度、開示する場所等、サステナビリティ開示基準が備えるべき原則的な要求事項についても定めています。
公開草案は基準原案(プロトタイプ)に基づいており大きなサプライズはありませんでしたが、現時点の考察を以下に記載したいと思います。
財務諸表との関連性(結合性)
会計情報は、過去に発生した取引のうち会計上の認識要件を満たしたものについて、測定を行い、財務諸表という形に集約して一覧表示するものです。一方で、サステナビリティ開示基準が要求する開示情報(のうちの大部分)は、会計上の認識要件を満たしていませんが、「財務諸表利用者の企業価値評価に影響を与える」という点は会計情報と変わりがないとし、IFRSで提供される会計情報と同列に扱うという立場が示されています。このような立場を取る結果として、以下のような提案が導かれています。
n サステナビリティ開示基準に基づき開示される情報(サステナビリティ開示情報)は、一般目的財務報告の一部を構成し、財務諸表と一体となって投資家等に開示されなければならない。
n サステナビリティ開示情報は、財務諸表が公表されるのと同じタイミングで公表されなければならない。
n サステナビリティ開示情報が対象とする報告期間は、会計情報の報告期間と一致していなければならない。
n サステナビリティ開示情報で用いられた財務情報・仮定は会計情報との整合性が図られていなければならない。
日本企業について考えると、サステナビリティ開示情報は、有価証券報告書に含める形で開示される必要があるということになるかと思います。有価証券報告書から他の開示書類に参照する形で開示することは可能ですが、その場合であっても当該開示書類は有価証券報告書と同時に開示しなければならないことになります。多くの企業では、現状、サステナビリティ情報は、統合報告書等の形で有価証券報告書とは別の媒体・時期に開示をしていると思いますが、ISSBはサステナビリティ開示情報を会計情報と同等に扱うとしているため、企業もこれに合わせて対応方針を変える必要がでてきます。
また、サステナビリティ開示基準の中で、財務諸表との関連性(結合性)が要求される開示情報としては、以下のようなものがあります。
n サステナビリティに関するリスク及び機会が、企業の直近の財政状態・業績及びキャッシュ・フローに及ぼした影響
n サステナビリティに関するリスク及び機会に対する企業の戦略を踏まえて、企業の財政状態・業績が将来どのように変化すると予想するか
開示の対象は重大なリスク・機会についての重要な情報
General EDとClimate EDをよく読むと、開示が要求されているのは、「全ての重大(significant)なサステナビリティのリスク・機会に関する重要(material)な情報」とされています。
重要な(material)というのは、財務諸表利用者の意思決定に影響を与えるか否かで判断される開示の有無・程度を決める基準で、IFRSにおいて用いられている判断基準と同じものが採用されています。たとえサステナビリティ開示基準で開示が要求されている情報(項目)であっても、重要性がないと判断されたものを開示する必要はなく、重要でない情報を開示することによって、かえって重要な情報を不明瞭にしてはならないとされている点には注意が必要です。
一方で、開示の対象となるのは、重大(significant)なサステナビリティのリスク・機会についての重要な情報とされているため、適用のステップとしては、想定されるサステナビリティのリスク・機会をリストアップしたうえで企業価値評価に影響を与えるという観点から重大(significant)なものとそうでないものを判別したうえで、重大(significant)と判定されたサステナビリティのリスク・機会について、開示する項目を重要性に基づき判断することになるのではないかと思われます。
現状、特定のサステナビリティ開示基準は気候変動に関するものしか存在しないことから、企業は気候変動以外の重大なサステナビリティ要素を自ら識別しなければなりません。General EDにはこの際に参照すべきものとして、SASB基準で記載されているDisclosure topics、ISSBの任意のガイダンス(水や生物多様性等についてのCDSBのガイダンス)、財務諸表利用者の意思決定に資することを目的として他の基準設定主体によって開発された直近のガイダンス、企業と同じ産業に属する他の企業によって特定されているリスク・機会、を挙げています。この点、日本企業においては、マテリアリティ(重要課題)として特定しているものを出発点としてこれをリスクと機会に適切に置き換えた上で、(1)財務諸表利用者の企業価値評価に影響を与えるものかどうかを判断し、影響を与えないと考えられるものはこれを除外し、(2)上記で参照すべきとされているガイダンスを踏まえて、現状足りていないものを追加する必要があると思われます。
SASB基準の使用
公開草案は、TCFD提言及びSASB基準を基礎に作成されているとされています。「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」という4つの柱はTCFDに沿っているものですが、SASB基準もサステナビリティ開示基準の中で重要な役割を果たしています。
SASBは産業別のサステナビリティ基準を策定しており、2021年6月にIIRCと合併しVRFとなっていますが、VRFは2022年6月までにISSBに統合されるとされており、今までSASBが担ってきた産業別のサステナビリティ基準の策定を今後はISSBが担うことになります。
General EDでは、以下のような状況において、SASB基準を用いるとしています。
n サステナビリティに関する重大なリスク及び機会を特定する際に、企業が属する産業のSASB基準を参照し、そこに記載されている「Disclosure topics」を参考にする。
n 特定のサステナビリティ開示基準が存在しない場合において、SASB基準に記載されている関連する「指標」を参考にする。
Climate EDでは、以下のような状況において、SASB基準を用いるとしています。
n 気候変動に関する重大なリスク及び機会を特定する際に、企業が属する産業のSASB基準を参照し、そこに記載されている「Disclosure topics」を参考にする。
n 気候変動に関する重大なリスク及び機会について、企業が属する産業に関する産業別の開示においてSASB基準が要求する「指標」を参考にする。
ちなみに、SASBのホームページによれば、現在、日本企業では77社がSASB基準を適用しているようです。TCFD提言でも金融セクター及び気候変動の影響が大きいと考えられる一部の非金融セクターに対しては追加的なガイダンスが提供されていますが、SASBの業種別の指標はこれより細かい情報が要求されています。
GHGスコープ3開示の要求
Climate EDでは、スコープ3のGHG排出量の開示が要求されています。
スコープ3とは、企業グループ範囲外の上流・下流(バリューチェーン)の取引・活動から生じる間接排出量で、GHGプロトコルに計算方法の規定はあるものの、計算にあたってのデータや算定方法に関して複雑性があると言われています。TCFD提言では、スコープ3を開示するように検討することは求められてはいますが、開示すること自体は要求されていません(強く奨励はされています)。なお、先日公開されたSECの気候変動開示の提案では、重要である場合は開示が要求されています。
結論の背景にて、スコープ3の開示を要求する理由として、企業の気候変動に関するリスク及び機会は企業のバリューチェーンを含めて評価されるべきであるとし、スコープ3の開示の重要性が述べられています。
Snapshotで明らかになった事項等
先日、基準原案についての記事を書いた際は、サステナビリティ開示基準が誰に対して強制適用されるのか、既にIFRSを適用している企業に強制適用されるのか、ということを書いたのですが、今回公表されたSnapshotにおいてその点が明確化されていました。すなわち、IFRSとサステナビリティ開示基準は別物であり、IFRSを適用しているからといって自動的にサステナビリティ開示基準が強制適用されるわけではないようです。
日本企業を考えると、日本でサステナビリティ開示基準が強制適用されることはないと思うので、企業がサステナビリティ開示基準を適用する場合には任意適用になると思います。サステナビリティ開示基準は、会計基準としてIFRSを適用していることを前提にしているわけではないので、会計基準として日本基準を適用している企業もサステナビリティ開示基準を適用することは理論上は可能ですが、順番としては、IFRSを適用した企業がサステナビリティ開示基準を適用するのではないかと思います。
そうすると、サステナビリティ開示基準を適用する可能性のある企業は前提としてIFRSを適用している企業ということになり、日本では200社程度の会社が潜在的なサステナビリティ開示基準の適用企業になるのではないかと思います。
なお、General EDでは、気候変動に限られない全ての重大なサステナビリティ関連のリスク及び機会についてTCFD提言に沿った4つの柱に基づく開示が要求されており、この点が修正されない場合には初年度適用のハードルは相当高いのではないかと考えています。日本の場合は任意適用なので準備が出来次第適用すればよいのですが、比較可能性の確保やまずは適用企業を広げるという意味でも、財務諸表利用者の意見だけでなく作成者の意見も踏まえて慎重に検討してもらえればと思います(Climate EDのQuestion 14でもこの点が触れられています)。