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前回までのおさらい
前回までの記事において、サステナビリティ開示基準(公開草案)の概要、重要ポイント、開示の対象となるサステナビリティ関連のリスク・機会の範囲についてお話しました(ISSBが公表したIFRSサステナビリティ開示基準の公開草案について考察します。ISSBが公表したIFRSサステナビリティ開示基準の公開草案について考察します(その2)。)
公開草案では、「全ての重大(significant)なサステナビリティ関連のリスク・機会についての重要(material)な情報」をTCFDの4つの柱(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)に沿って開示することが求められています。
今回の記事では、開示の有無及び程度を判断する際の重要性に関してお話ししたいと思います。
「重大(significant)な」リスク・機会についての「重要(material)な」情報
上記のとおり、サステナビリティ開示基準が要求しているのは、「重大(significant)な」サステナビリティ関連のリスク・機会についての「重要(material)な」情報であり、「重大(significant)」と「重要(material)」という2つの異なる言葉が意図的に用いられています。
「重要(material)」については、ある情報を省略したり、誤って開示したり、他の情報で覆い隠したりした場合に財務諸表利用者である投資家等の企業価値評価に影響を与え得ると合理的に予想される場合、当該情報は「重要(material)」であるとされています。
一方で、「重大(significant)」については、「重大(significant)な」リスク・機会と「重大でない(non-significant)」リスク・機会をどのように判別するかについて十分な説明がされていません。
「重大(significant)な」リスク・機会についての「重要(material)な」情報を開示するという考え方は、IASBが現在進めているマネジメントコメンタリープロジェクトにおける「Key matters」と「material」の関係に似たところがあるように思います。マネジメントコメンタリープロジェクトでは、企業が非財務情報を開示する際の任意のガイダンスを作成しており、そこでは企業のビジネスモデル、戦略、資源や関係性、リスク、外部環境においてキーとなる事項(key matters)を特定したうえで、主にKey mattersに関して重要(material)な情報を開示することを求めています(これは、非財務情報の開示が企業にとってキーとなる事項に基づいて記述されない場合、どの企業にも該当しそうなありきたりな記述となってしまい、情報としての有用性が確保できないという批判に応えようとするものです)。ただし、マネジメントコメンタリープロジェクトでも、key mattersとmaterialの関係性が不明瞭であるというコメントが寄せられており、今後のプロジェクトで明確化の議論が進んでいくものと思われます。
なお、マネジメントコメンタリープロジェクトでは、開示される情報は「重要(material)な」情報であり、「重要(material)な」情報は多くの場合Key mattersに関連するものの、key mattersに限られないとされています。一方、公開草案では「重大(significant)な」リスク・機会についての「重要(material)な」情報の開示が要求されており、最初に「重大(significant)な」リスク・機会を特定したうえで、当該特定された「重大(significant)な」リスク・機会について「重要(material)な」情報を開示することになるように考えられることから、両者には微妙な違いもあります。
いずれにしても、この点については今後の明確化が望まれます。
サステナビリティ開示基準における重要性判断の難しさ
公開草案では、ある情報が重要か否かの判断は、財務諸表利用者である投資家等の企業価値評価をベースに行うとされています。つまり、企業価値評価に影響を与える情報が重要な情報(=開示すべき情報)ということになります。
ここで、企業価値とは、企業の株式価値(時価総額)と正味の負債価値(負債の時価から現金を除いた金額)の合計と定義されており、投資家等が予想する将来キャッシュ・フローを割引率(株式の場合は資本コスト、負債の場合は信用リスクを含む金利)で割り引いた現在価値として表すことができます。
IFRS(会計)における重要性の判断も財務諸表利用者の意思決定に影響を与えるか否かにより行うとされていますが、実務上は定量的な重要性の基準値を設定して、会計処理の検討を行っており、ある取引が重要か否かは当該取引がB/S、P/Lに及ぼす影響からある程度明確に判断できると考えられます。また、IFRS(会計)において開示される情報は、会計に紐づいている情報が中心であり、将来情報(フォワードルッキングな情報)について重要性の判断をするケースはあまりないように思います。
一方で、サステナビリティ開示では未だ会計上の認識がされていない情報や会計的な観点からは表せない情報に関して開示の有無・程度の重要性判断をする必要があり、その判断の尺度は企業価値とされています。すなわち、ある情報が持つ重要性やインパクトは、当該情報を投資家等が重要と考え企業価値に織り込む場合にはこれは重要と評価されます。したがって、理論的には、投資家等が何の情報を重要と考えているかを理解することが重要性判断の前提になるように思われます。IFRS(会計)では、財務諸表への影響という定量化できる情報に基づき重要性判断ができますが、その尺度がない(厳密には企業価値という尺度があるのですが、ある情報が企業価値に及ぼす影響を個別に特定することは通常はできない)状態においての重要性判断は、実務上は非常に難しいのではないかと思われます。そのため企業は、重要性の有無をどのように判断したのか、その決定プロセスを含め重要性に対する考え方を開示することが必要になるとともに、投資家等とのコミュニケーションを通じて投資家等の重要性判断を定期的にアップデートし(投資家等が重要と考え企業価値に織り込む情報も社会の変化等に合わせて変わるといわれています)、企業が適用する重要性判断もこれに合わせて適宜変更していく必要があるのではないかと思われます。