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前回までのおさらい
前回までの記事において、サステナビリティ開示基準(公開草案)の概要、重要ポイント、開示の対象となるサステナビリティ関連のリスク・機会の範囲、重要性の考え方についてお話しました。
・サステナビリティ開示基準(公開草案)の概要、重要ポイント→ISSGが公表したIFRSサステナビリティ開示基準の公開草案について考察します。
・開示の対象となるサステナビリティ関連のリスク・機会の範囲→ISSGが公表したIFRSサステナビリティ開示基準の公開草案について考察します(その2)。
・重要性の考え方→ISSGが公表したIFRSサステナビリティ開示基準の公開草案について考察します(その3)。
すでにお話した、開示の対象となるサステナビリティ関連のリスク・機会の範囲、とも少し重なりますが、今回の記事では改めて報告企業とバリューチェーンについてお話したいと思います。
サステナビリティ開示基準の報告企業
公開草案では、全ての重大なサステナビリティ関連のリスク・機会についての重要な情報の開示が要求されています。
開示対象となるリスク・機会を検討するにあたっては、まず最初に、「誰にとっての」リスク・機会を開示対象とするのかを確定する必要があります。「誰にとっての」リスク・機会を開示するのかを決めない限り、開示対象となるリスク・機会を確定できないからです。
サステナビリティ開示基準では、この「誰にとっての」を報告企業という言葉で表現しています。
サステナビリティ開示基準における報告企業(報告の主体)は、関連する財務諸表における報告企業と同じとされています。IFRSを前提にすると、IFRSに基づく財務諸表の報告企業は連結グループであり、連結グループは親会社と子会社から構成されるとされているため、サステナビリティ開示基準における報告企業も財務諸表における親会社と子会社から構成されることになります。
サステナビリティ開示基準の報告企業をIFRS財務諸表の報告企業と同じにすることにより、サステナビリティ開示基準と財務諸表の結合性を確保し、財務諸表利用者による企業価値評価を可能にする情報を提供するという両基準の目的にもつなげることができます。
開示対象となる重大なリスク・機会は報告企業のバリューチェーンを含む
報告企業が決まることにより、開示対象となる重大なサステナビリティ関連のリスク・機会の検討を開始することが可能となります。
ここで、公開草案では、サステナビリティ関連のリスク・機会は、バリューチェーンも含めたうえでの報告企業の活動、相互作用、関係、資源の利用から生じるとされています。
例えば、報告企業の取引先(バリューチェーンの一部)が重大なサステナビリティ関連リスクに晒されている場合、当該取引先と取引をしている報告企業自身も、同じリスクに晒されるケースがあるとされています。
これは、投資家の立場から考えると分かりやすいと思います。すなわち、重大なサステナビリティ関連リスクを有している取引先と取引をしている報告企業を投資家はどのように評価するか、という視点です。
公開草案では、取引先であるバリューチェーンが有しているサステナビリティ関連リスク・機会が報告企業の企業価値評価に影響を与える場合には、当該バリューチェーンが有しているリスク・機会は報告企業にとって開示対象になるとされています。
例えば、報告企業がある仕入先から部品を仕入れており、当該仕入先では過酷な労働環境で労働者を働かせているとします。そのような仕入先を選定し、部品を(通常よりも安い値段で)仕入れている報告企業を、投資家はどのように評価するかを考えます。投資家がこれをサステナビリティの観点から重大なリスクであると考え、企業価値評価に反映させると考えるのであれば、当該仕入先のサステナビリティ関連リスクは報告企業にとってのサステナビリティ関連リスクとして開示する必要があります。
上記のとおり、開示の対象を決めるうえでのポイントは、サステナビリティ関連リスク・機会が報告企業の企業価値評価に影響を与えるか否かにあり、当該評価はバリューチェーンをも含めて行う必要があるという点がここでの結論になります。なお、検討対象となるバリューチェーンの範囲についても、報告企業(親会社及び連結子会社)を主体にして、その取引先を中心に検討することになると考えられます。
気候変動の公開草案においてはスコープ3のGHG排出量の開示が要求されていますが、サステナビリティ開示基準の開示対象にはバリューチェーンから生じるリスク・機会も含むという上記の原則に鑑みれば、これは当然の帰結とも考えられます。ここで、スコープ3は報告企業ではない他社のGHG排出量を見積もらないといけないため、算定が困難であるという指摘がされています。報告企業ではない他社(といってもバリューチェーンという限定はありますが)のリスク・機会についても検討しないといけないというのは困難を伴うことが予想されますが、上記で見てきたとおり、これは気候変動に限られず、全ての重大なサステナビリティ関連のリスク・機会に関して要求されることになります。
ちなみに、関連会社やジョイントベンチャー、取引先等のバリューチェーンから生じるリスク・機会をどのように開示すべきかという問題があります。この点については、今後ISSBが開発する各サステナビリティ開示基準の中で詳細を決定するとしており、例えば気候変動の公開草案では、関連会社等の投資先から生じるGHG排出量をスコープ1/2/3のどこに入れたのかが分かるような開示が要求されています(連結グループのGHG排出量計算に際し、equity share approach/operational control approach/financial control approachのいずれを採用したか等)。また、スコープ3はその定義からバリューチェーンからのGHG排出量であることが分かるようになっています。