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FICEプロジェクトの現在の状況
FICEプロジェクトとは
現在、IASBにてIAS第32号「金融商品:表示」を改訂するためのプロジェクト(Financial Instruments with Characteristics of Equity, いわゆるFICEプロジェクト)が進められています。
IAS第32号は金融商品の定義を定めている(金融商品と金融商品以外の線を引く)基準なのですが、発行者サイドにおける金融商品の分類の基準でもあります。分類の仕方としては、
1.金融商品全体が金融負債に分類されるケース
2.金融商品全体が資本に分類されるケース
3.金融負債と資本の混合契約になるケース
の3パターンがあります。
発行者としては資本であると思っていた金融商品がIAS第32号をよくよく適用すると金融負債になってしまうというケースは実は実務ではよくあります。金融商品が負債になるか資本になるかは発行者の財務諸表を大きく変えてしまうので非常に重要な論点といえます。
上記のとおりIAS第32号は発行者にとって非常に重要な基準ではあるのですが、基準自体がかなり古く、IAS第32号では解決できない数多くの問題がIFRICに持ち込まれており、そこでIAS第32号を改訂しようと始まったのがFICEプロジェクトです。
FICEプロジェクトの過去の議論
FICEプロジェクト自体はかなり昔から開始されていて、1つのマイルストーンが2018年6月に公表されたDiscussion Paper(DP)です。このDPはそれ以前のFICEプロジェクトの全ての議論を含めるような大作で、そのうちの1つの提案が負債と資本を分類するうえでの「原則(プリンシプル)」の導入でした。IAS第32号が複雑な金融商品に対応できないのはIAS第32号に分類の原則がないからであるというのが提案の理由で、①決済のタイミングと②決済の金額という2つの要件に基づいて負債と資本を分類するという提案がなされました。
DPに対する反応は、大多数が原則の導入に反対。IAS第32号は大部分の金融商品に対して問題なく適用されており、そのような「原則」の導入はIAS第32号をゼロから作り直すことになってしまい適切ではない、というのが理由でした。IAS第32号に必要なのは原則の導入ではなく実務上の課題を解決することであるとして、以後のFICEプロジェクトは実務上の課題を解決することにフォーカスすることになりました。
FICEプロジェクトの現在の議論の状況
FICEプロジェクトは現在、以下のとおり進んでいます。
Topic | IASBの進捗 |
分類 | |
自社の資本性金融商品を用いて決済される金融商品(”固定対固定要件”を含む) | 2020年4月に暫定決定済み |
清算時にのみ生じる義務 | 2021年2月に暫定決定済み |
将来の不確定要素により決済の有無等が決定される金融商品 | 2021年12月に暫定決定済み |
法律が金融商品の契約条件に与える影響 | 2021年12月に暫定決定済み |
金融負債と資本の再分類 | 2022年前期に議論予定 |
自社の資本性金融商品を再取得する義務(NCIプットを含む) | 2022年中に議論予定 |
その他の論点 | 2022年中に議論予定 |
表示と開示 | |
2018年DPで提案された開示についての改善 | 2021年4月及び2021年5月に暫定決定済み |
表示(清算時にのみ生じる義務の表示を含む) | 2022年中に議論予定 |
その他の論点 | 2022年中に議論予定 |
DPに対するコメント期限が2019年1月であったため、DPのフィードバックを受けてのプロジェクトの方向性の修正から現在の議論に至るまですでに約3年を要しています。2018年DPもその時点までの過去2年ほどの議論を反映していたので、それだけ論点が多岐にわたり複雑ということかと思います。上記全ての暫定決定が終わり次第、公開草案(Exposure Draft)の公表が予定されています。
2022年2月のFICEプロジェクトの議論
2022年2月のIASB会議では、「発行会社の株主の意思により、発行会社の現金支払いや変動数の自社株式の交付が決定される場合、当該金融商品をどのように分類すべきか」が議論されました。
今回の議論に入る前に、IAS第32号における負債と資本の分類の基本的な考え方を説明したいと思います。IAS第32号においては、発行者が現金の支払義務や変動数の自社株式交付義務を無条件に回避する権利を有している場合、当該金融商品は発行会社にとって資本に分類されます。つまり、現金(又は変動数の自社株式)の交付の可能性が高い場合であっても、その交付が契約上の義務に基づくものではなく、発行者の自発的な意思に基づいて行われる場合には、負債ではなく資本に分類されます。たとえば、契約書から発行体の契約上の支払等の義務をすべて取り除き、発行体には期限前返済のコールオプションだけを付与したような金融商品があります。当該金融商品は、たとえ発行体がコールオプションの行使を予定していたとしても、IFRSでは資本に分類されます。
ここからが本題です。上記のとおり、ある金融商品が負債に分類されるか否かは発行会社が支払等の契約上の義務を負っているか否かにより決まります。ここで、発行会社の株主が議決権の行使を通じて発行会社に対して配当の支払いを要求することができる場合、これをもって普通株式は金融負債に分類されるのでしょうか?
2022年2月の議論では、このような発行会社の契約上の義務が発行会社の株主の意思により決まる場合の金融商品の分類が議論されました。結論としては、株主の決定が発行会社の代理として行われた場合には、株主=発行会社であるという前提で分類を決定し、株主の決定が発行会社の代理ではなく発行会社とは別の経済主体として行動した結果なのであれば、株主≠発行会社であるという前提で分類を決定するという暫定決定がなされました。
配当の支払いプロセスについては法域により異なり、日本の場合は取締役会で決定した議案を株主総会で承認することにより行われます(中間配当は株主総会を経ずに取締役会だけで決定することも可能とされています)。また、一定の議決権を有する株主は株主提案権の行使により株主総会で決議すべき議案を提出することができ、当該議案(たとえば増配の議案)は株主総会で決議されます。
2022年2月の議論では、株主が発行会社の代理として意思決定しているか否かは事実と状況により判断すべきとされ、判断の際のファクターや設例を設けることが暫定決定されました。2022年2月のスタッフペーパーでは、判断の際のファクターとして以下が記載されています。ある1つのファクターに該当するからといってそれだけで分類が決定されるわけではなく、事実と状況に基づき総合的に判断するとされています。
1.株主の意思決定が、企業の通常の事業及びコーポレートガバナンスプロセスの一環として行われたものかどうか
2.当該株主の意思決定は誰により開始されたのか(発行会社の提案によるものか、株主自身が開始したものか、または第三者により開始されたものか(たとえば発行会社にTOBをしかけた会社が行う買収提案に対する株主の承認))
3.特定の株主が当該意思決定により他の株主と異なる形で便益を得るか
日本における配当は、通常、通常の事業及びコーポレートガバナンスプロセスの一環として行われるものであり、発行会社により開始(提案)されたものを株主が承認する形を取るため、このような普通株式はIFRS上は資本に該当すると考えられます。一方で、発行会社が優先株式を発行している場合において当該優先株式の条項に支配変更時の償還義務が含まれている場合、支配変更に株主総会決議が必要であったとしても当該株主総会決議は通常の事業及びコーポレートガバナンスプロセスの一環として行われる意思決定ではないと考えられるため、当該優先株式は負債に分類されるとされています。
株主が発行会社の代理として意思決定をしているか否かについては、実務上、難しい判断が求められているエリアだと思いますので、今回のFICEプロジェクトにより判断の指針が明確化されることは望ましいと思います。 FICEについては今後も議論が予定されているため、随時、議論のアップデートをしていきたいと思います。