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IFRICに提出された質問
2022年3月のIFRICにおいて、第三者との契約により資金使途が制限された要求払い預金のCF計算書上の表示について議論されました。具体的には、以下のような状況が議論の前提となっています。
n 企業が銀行に対して預金を有している。企業と銀行の契約において、企業は当該預金をいつでも引き出すことができる(このような預金を要求払い預金と呼びます)。
n 一方で、企業は、第三者と締結している契約において、当該預金が一定金額を下回らないように維持する責任を有し、資金使途についても当該第三者と合意したものに限ることを約束している。これに違反した場合には契約違反となる。
上記のような、第三者との契約において資金使途が制限された預金がIAS第7号の規定するキャッシュフロー計算書上における現金及び現金同等物の定義を満たすのかどうかが議論されました。
IFRICの分析
IFRICの分析としては、現金及び現金同等物は、現金と現金同等物という2つの異なる要素から構成されるという点を議論の出発点にしています。すなわち、
現金は、手許現金と要求払い預金から構成されると定義されています(IAS7.6)。
一方で、現金同等物は、決められた金額に容易に換金可能で、かつ、価値の変動について僅少なリスクしか追わない流動性の高い投資と定義されています(IAS7.6)。また、現金同等物は短期の支払いのために保有されているもので、投資や他の目的のために保有されているものを含まないとされています(IAS7.7)。
現金及び現金同等物のそれぞれの定義を今回の質問の状況に当てはめた結果、IFRICは以下のとおり指摘しました。
n 企業が銀行に対して有している預金は、企業と銀行との契約において企業はいつでも預金の引き出しができることから、当該預金は要求払い預金(上記の定義に当てはめると現金)に該当する。
n 当該預金は第三者との契約により資金使途が制限されているものの、企業はいつでも銀行から預金を引き出すことが可能であるため、当該預金は依然として要求払い預金と考えられる(第三者との契約は、これが要求払い預金であるという性質までを変えるものではない)。
また、資金使途が制限されている預金を現金及び現金同等物に含めることになるため、財務諸表利用者をミスリードしないよう、資金使途が制限されている旨の開示等が必要と考えられています。
今回のIFRIC議論の考察
今回のIFRIC議論について、以下のとおり考察をしてみたいと思います。
現金と現金同等物は、IAS第7号上では現金及び現金同等物という形で一括りに扱われています。しかし、実は両者の性質は異なるという点が明確化されました。すなわち、現金の定義は手許現金と要求払い預金から構成され、現金に該当するか否かは「性質」のみにより判断されます。つまり、何の目的に現金を使用するのかは問題とはされません。一方で、現金同等物に該当するかどうかの判断には、「性質」とともに「保有目的」までもが考慮されます(IAS7.7)。今回議論された取引において企業が有している預金は、第三者との契約の存在により、実際問題としては短期の支払い目的で使用されるものではありません。すなわち、保有目的の観点からいえば現金及び現金同等物に含めるべきではないというような意見も成り立ち得るのですが、基準上は要求払い預金の定義に該当するということで、結果的に現金及び現金同等物に含まれるということが確認されました(現金は現金であるというその事実だけをもって、保有目的に関係なく、現金及び現金同等物に含まれるということです)。
今回のIFRIC議論は、第三者との契約により資金使途が制限されることになったとしても、企業は依然として預金をいつでも引き出せるという点が議論の前提になっています。したがって、第三者との契約により企業が預金を引き出せなくなるような場合は、もはや要求払い預金とは言えないため、今回のIFRIC議論の対象にはなりません。
今回のIFRICの議論は、預金の資金使途の制限が第三者との契約により行われる場合を対象としています。したがって、たとえば、法律や規制により預金の資金使途が制限されるようなケースは含みません。法律や規制により預金の引き出しが制限されるような場合、法律や規制が預金である金融資産に及ぼす影響をどう考えるべきかという論点に発展するため、このような取引は今回のIFRICの議論の対象範囲からは意図的に除かれています。
今回のIFRICの議論の対象は、企業が銀行に預けた預金としており、今回の議論は預金以外には適用されません。たとえば企業が信託口座にお金を預け、信託口座でコマーシャルペーパーを購入しているような場合は、IFRSでは信託口座を連結するか否かの判断が必要になります。信託口座を連結する場合にはコマーシャルペーパー自体を認識する必要がでてくるため、今回のIFRICの議論は当てはまりません。
なお、最終的なIFRICのアジェンダ決定の公表はIASBボード会議での承認後に行われるため、4月以降になると思われます。今月のIFRICではSPACの新しい論点も2つ議論されましたので、またの機会にご報告させていただきたいと思います。