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はじめに
今月のIFRS9号分類と測定に関するPIRの議論は、償却原価法における測定についてです。
IFRS9号が適用される金融商品は、償却原価法又は公正価値により測定されます。公正価値についてはIFRS13号が適用されるため、IFRS9号の測定で問題となるのは償却原価法になります。ただし、償却原価法金融資産に対して適用される減損についてはIFRS9号の減損のPIRで別途対応するため、ここでの議論は、減損以外の償却原価法の測定の論点になります。
2022年7月のIASB会議では、償却原価法に基づく測定の論点―金融資産及び金融負債の条件変更の会計処理及び実効金利法の適用上の論点―が議論されました。どちらもIFRS9号が適用されることによって新たに生じた論点ではなく、IAS39号の時代から議論されてきた論点です。これらについてはIFRS基準に明確なガイダンスがないことによりIFRICで質問を受けても解決することができず、IASBが解決すべき論点として認識されてきました。今回のIFRS9号の分類と測定のPIRをきっかけに、今後は基準設定を行う方向で議論が進んでいくことになります。
条件変更の会計処理
IFRS9号においては、条件変更についての会計処理が定められています。具体的には、金融資産又は金融負債の条件変更が行われた場合、
n 当該条件変更が実質的(substantial)であると判断される場合は、条件変更された金融資産又は金融負債の認識を中止し、条件変更後の金融資産又は金融負債を新たな金融資産又は金融負債として公正価値で認識します。
n 当該条件変更が実質的(substantial)ではないと判断される場合は、条件変更後のキャッシュフローの見積りを条件変更前の当初実効金利で割引計算することにより新たな帳簿価額を算定し、従前の帳簿価額との差額を条件変更損益としてPLで認識します。条件変更後の金利計算には当初実効金利を継続して使用します。
上記の規定を図に示すと以下のとおりです。
条件変更の定義
条件変更の会計処理は条件変更に対して適用されるため、まず、何をもって条件変更が起きたとみなすか(条件変更の定義)が問題になります。
この点、IFRS9号においては、条件変更の定義についてのガイダンスは提供されていません。ただし、実務上は、当初合意していた契約条件を契約当事者の交渉により変更することを条件変更として捉えています。契約条件の変更というのは、例えば、当初の契約では金利3%であったものを、貸付人と借入人の間の合意により、当該金利を2%に変更するような場合をいい、条件変更は基本的には将来キャッシュフローに影響を与えることになります。
条件変更は交渉によって当初の契約条件が変更される必要があるため、たとえば当初の契約条件の中に含まれていた条項に基づいて将来キャッシュフローが変更になるような場合は条件変更とは言いません。あくまで相手方の同意もしくは自社の同意に伴って契約条件が変更される必要があります。別の言い方をすると、当初の契約書に含まれる権利義務関係を、契約書外の交渉により変更する必要があります。
何をもって条件変更と考えるかについては、特段、実務のばらつきはありませんでしたが、IASBがIBORフェーズ2の改訂を議論する際に、変動金利の計算方法(計算メソドロジー)が変更される場合も条件変更に該当するという見解を示したため、今まで当然のように考えられてきた条件変更の定義が論点になりました。金利計算方法(計算メソドロジー)の変更は、契約当事者間における契約条件の変更が起きているわけではないことから、現在の実務においてはこれを条件変更とは捉えていません。しかしながら仮にこれが条件変更に該当するとなった場合は、条件変更の会計処理が要求されることになり、現状実務の変更が要求される可能性があります。たとえば、TIBORの計算メソドロジーが変更になった場合にこれを条件変更として会計処理しなければならない場合、旧メソドロジーに基づくTIBORから新メソドロジーに基づくTIBORへの変更が実質的な条件変更かを検討したうえで、実質的ではないとされる場合、当初の旧メソドロジーに基づくTIBORに基づいて金利計算を継続しなければならなくなり、有用な情報の提供ができなくなります。
契約上のCFの一部の消滅と条件変更の違い
条件変更に該当するか否かに関してもう一つ問題となるのは、条件変更と契約上のCFの消滅の関係です。
IFRS9号では、契約上のCFを受け取る権利が消滅する場合は、金融資産の認識が中止されるとしています。例えば、上記の例における貸付人と借入人が交渉により金利を3%から2%にすることに合意した場合、金融資産を認識する貸手にとっては契約上のCFの一部(1%)が消滅したとして、金融資産の一部について認識の中止をすることになるようにも思われます(金融負債を認識する借手も同様の会計処理を行うように思われます)。このような契約上のCFの一部の認識の中止の会計処理は、条件変更の会計処理とは異なるものとされています。
上記のような金利の一部減免については、実務では条件変更の会計処理を適用しているように思いますが、上記のとおりIFRS9号には契約上のCFの一部が消滅した場合は認識の中止の会計処理を行うとしているため、契約上のCFの一部の消滅と条件変更をどのように区別するのか、どのような順序で両者の規定を適用するのかが論点になります。7月のスタッフペーパーでは、契約上のCFの一部の消滅は、法的な権利の消滅を伴うため、その点が条件変更とは異なるとされていますが、条件変更は契約で合意したうえで行われるので、契約上のCFが減額されるタイプの条件変更では常に法的な権利の消滅が伴うと考えられるため、法的に権利が消滅しているか否かという観点から両者を区別するのは難しいように思います。むしろ、金融資産の認識の中止を適用する会計単位(Unit of account)の規定を用いて両者を区別することになるのではないかと思われます。ただし金融負債については、会計単位の規定はないため、両者を区別するのはより難しいように思われます。
条件変更が実質的か否かの判断
上記のとおり、条件変更が実質的か否かにより、条件変更の会計処理は異なります。繰り返しになりますが、条件変更が実質的と判断される場合は、今までの会計処理がいったんリセットされ、新たな契約条件に基づく新しい金融商品の認識が始まります。一方で、条件変更が実質的とは判断されない場合は、条件変更損益を認識したうえで、従前の金融商品の会計処理を継続します。
条件変更が実質的か否かについては、金融負債についてはIFRS9号に10%テストという定量基準の規定があり、条件変更後の将来CFを当初実効金利で割り引いて算定された価額が従前簿価と10%以上乖離する場合、条件変更が実質的であると判断されます。また、IFRSに規定はされていませんが、実務においては、定量基準のほかに定性基準も用いられています。ただし、定性基準の適用方法(定量基準との関係性を含め)については実務のばらつきがあると思われます。
一方で、金融資産については、条件変更が実質的か否かを判断する基準がIFRSにおいて提供されておらず、この点の解釈/運用は完全に実務に委ねられている状況です。条件変更が認識の中止をもたらすか否かは、金融負債よりも金融資産にとってより重要な会計上の結果をもたらします。たとえば、SPPI判定は当初認識時にしか行わないため、新たな金融資産を認識しSPPI判定を再度行う場合は、償却原価とFVTPLの区分が変更になるかもしれません。また、減損している金融資産の場合は、当初認識時から減損している金融資産という特別のカテゴリーに該当する可能性があります。さらに、金融資産に対してヘッジ会計を適用している場合は、金融資産の認識が中止されることにより、ヘッジ会計を終了する必要があるかもしれません。
金融資産についての条件変更を検討する上では、金融負債とは異なる点の考慮も必要となります。すなわち金融資産については、相手先の信用状況を考慮して、貸倒引当金を控除した後の帳簿価額で金融資産を測定しています。その結果、金融資産に対する条件変更では、回収不能な契約上のCFを減額する形で条件変更が行われる場合があり、10%テストを適用する際には金融負債とは異なる工夫が必要になると考えられます。すなわち、回収不能であると判断された契約上のCFを減額する条件変更が行われた場合に、単純にグロスの帳簿価額の変動だけをみて実質性の判断をしてしまうと、全てのケースで認識の中止が起きてしまいます。このような条件変更は、金融資産の回収可能性についての現在の状況を契約書において追認しただけなのにもかかわらず、それが重大な会計上の違いを生じさせてしまい、取引の実態を表さないことになってしまいます。
認識の中止に至らない条件変更の会計処理
条件変更が実質的と判断される場合は、既存の金融商品の認識が中止され、新たな金融商品が公正価値で認識されるため、会計処理上の論点はありません。会計処理上の論点が生じるのは、条件変更が実質的ではないと判断される場合です。
既に説明しているとおり、条件変更が実質的ではないと判断される場合は、条件変更後の将来CFを当初実効金利で割り引いて新たな帳簿価額を算定し、従前帳簿価額との差額は条件変更損益としてPLで一括認識します。ここでの論点は、当初実効金利として何を用いるのかという点で、以下で説明するIFRS9.B5.4.5とB5.4.6の区別の議論が関係してきます。すなわち、条件変更に伴って実効金利も変更させるのか(IFRS9.B5.4.5)、それとも変更させないのか(IFRS9.B5.4.6)という点で、現在の実務では、実効金利を変更させることにより条件変更損益が発生しないような会計処理が選好されています。ただし以下で説明するとおり、IFRS9.B.5.4.5の適用範囲についての現在の実務は、IASBが基準開発時に想定したよりも広く解釈されていると言われています。
実効金利法の論点
IFRS9.B5.4.5の適用範囲
償却原価法においては、将来CFの見積りと当初認識時の公正価値という2つのファクターを用いて、見積られる将来CFを現在価値に割り引いた結果が当初認識時の公正価値に等しくなる内部収益率(=当初認識時の実効金利)を算定します。
償却原価法とは、金融商品の存続期間において生じる利息の総額を当該算定された実効金利で各期間に按分するとともに、満期時点における帳簿価額を最終的な支払い/受取り額と等しくする計算方法です。
そして償却原価法の当初認識後の会計処理は、期首の帳簿価額に実効金利を乗じて当期の利息額を算定し、実際に受け取る/支払う利息額との差額を帳簿価額の調整として会計処理していきます。将来CFの見積りについても、毎期見直しを行い、将来CFが当初想定のものから変更になる場合は将来CFの見積りを変更します。償却原価は常に将来CFの現在価値で測定されるため、将来CFの見積りが変更される場合は当該改訂後の将来CFを割り引いて最新の現在価値を算定する必要があります。
この現在価値に割り引く際の割引率として何を用いるかがここでの論点で、当該割引率がIFRS9.B5.4.5の適用される変動金利なのか、それともIFRS9.B5.4.6が適用される変動金利以外の金利なのかに基づき、以下のとおり会計処理します。
n 実効金利がIFRS9.B5.4.5の適用される変動金利の場合:変更後の将来CFを変更後の実効金利で割り引くことにより会計処理する。将来CFの変動が変動金利の変動のみの場合、変動金利の変動に合わせて実効金利も変更される結果、帳簿価額に変動は生じない。たとえば、変動金利の借入金の帳簿価額が当初認識以後も額面と同額となるケース。
n 実効金利がIFRS9.B5.4.5の適用される変動金利ではないため、IFRS9.B5.4.6を適用する場合:変更後の将来CFを当初実効金利で割り引き、帳簿価額を変動させることにより会計処理する。帳簿価額の変動はPLで認識する。
すなわち、IFRS9.B5.4.5が適用されるかB5.4.6が適用されるかにより、将来CFの累積的影響が一時の損益として認識されるかが異なります。IFRS9.B5.4.5が適用される場合は、将来CFの変動が生じたとしても、実効金利も連動して変動することにより、帳簿価額の変動は生じないことになります。
条件変更のセクションでも触れましたが、IFRSではIFRS9.B5.4.5が適用される「floating-rate financial
asset or liability」の定義が与えられていないため、IFRS9.B5.4.5の適用範囲は、「floating-rate financial asset or liability」という言葉が想起するいわゆる通常の変動金利金融商品よりも広く解釈されているという実務があります。たとえば、債務者の信用リスクの変動に応じて金利を変動させることを債権者・債務者間で予め合意していた場合において、債務者の信用リスクの変動により生じる契約金利の変動についてIFRS9.B5.4.5を適用し、実効金利を都度変更させているという実務があります。
なお、償却原価法の適用においては、将来CFの見積りが変更になった場合と、条件変更が認識の中止に至らず条件変更後の簿価を再計算する場合とでは、同じ計算方法が適用されます。つまり、将来CFの変動が見積りの変更に起因するものなのか、条件変更により契約が変更されたものなのかに違いはないということです。
条件充足により金利が変動する場合の償却原価法計算
別のブログ記事でも紹介していますが、ESG特性を有する金融資産(債務者が予め定めたESG目標を達成したか否かにより金利が変動する金融商品)についてのSPPI判定が議論になっています。
そのような金融商品がSPPIを満たすと判断される場合、当該金融資産については償却原価法での測定が必要になります。また、発行者にとっても、そのような金融商品は償却原価法で測定されます。
発行者がESG条件を満たすか否かにより契約金利が変動する場合、どのように当初実効金利を算定すべきでしょうか。このような金利の変動に対してIFRS9.B5.4.5を適用し、実効金利をその都度変更することができるでしょうか。それとも、当初認識時点において債務者がESG条件を満たすか否かを予想し、当該予想に基づく将来CFを基礎に当初実効金利を算定し、実際の金利が当初予想と外れた場合にはIFRS9.B5.4.6に基づき、損益を認識すべきでしょうか。ESG特性を有する金融商品が今後増えていくことが予想されているため、この論点についても実務で問題になることが想定されています。
今後のプロセス
IASBは2022年7月の会議において、上記の論点を含む条件変更及び実効金利法の論点について、基準設定を見据えてのリサーチプロジェクトを立ち上げることを決定しました。今後のIASB会議において、上記の論点についてのより詳しい分析及び方向性が議論されていくものと思われます。上記の論点は、IFRSにおいてガイダンスが無いなかで解釈により実務が醸成されている部分が多くあり、IASBがこれらの論点を検討することにより実務への混乱が起きることも懸念されています。また、今後開始されるIFRS9号の減損のPIRとも重なってくる部分があり、適切な連携が必要と考えられています。IASBでは、上記の点も踏まえて、慎重に議論をしていきたいとしています。