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はじめに
2022年9月のIFRICにおいて、SPAC (Special Purpose Acquisition Companies、特別買収目的会社)を取得する際に発行されるワラントの会計処理が議論されました。米国では、通常のIPOの他に、既に上場しているSPACを用いることで効率的に上場を果たす取引が認められています(現時点では日本では認められていません)。事業会社がSPACを通じて上場を目指す場合、ストラクチャーとしては以下のケースが考えられます。
1. 法的な取得者がSPACのケース:SPACが事業会社の株式を取得し、事業会社の株主に対してSPACの株式を割り当てる。
2. 法的な取得者が事業会社(又は事業会社の連結グループ)のケース:事業会社の株主がNewCoを設立し、NewCoの下に事業会社をぶら下げる。そして、NewCoがSPAC株式を取得し、SPACの株主に対してNewCo株式を割り当てる。
上記は法的な取引の違いによる分類ですが、事業会社とSPACのどちらが会計的な取得者になるかは、取引後の株式の保有割合により決まります。たとえば上記1のケースで、事業会社の株主に対して多くのSPAC株式が割りてられた場合、事業会社が取得者、SPACが被取得者になります。逆に、事業会社の株主に対するSPAC株式の割り当てが少ない場合、SPACが取得者、事業会社が被取得会社になります。上記2のケースも同様に、SPAC株主に対して多くのNewCo株式を割り当てる場合、SPACが取得者、事業会社が被取得者になり、逆にSPAC株主に対するNewCo株式の割り当てが少ない場合は、事業会社が取得者、SPACが被取得者になります。
今回、IFRICで議論されたのは、上記2のケースです。SPAC株主に対するNewCo株式が少ないため、事業会社(又は事業会社の連結グループ)が取得者、SPACが被取得者になるケースです。法的な取得者と会計的な取得者が一致しないケースを逆取得といいますが、今回のIFRICケースは法的な取得者と会計的な取得者が一致するため逆取得には当たりません。
議論になった取引
今回の取引の前提条件は以下のとおりです。
n SPACはIFRS3号の事業(ビジネス)の定義を満たさず、現金のみを保有し、株式とワラント(新株予約権)を発行している。
n SPACが発行する株式はNewCoによって取得され、SPACの株主にはNewCo株式が割り当てられる。
n SPACは普通株式の他にワラント(SPACワラント)を発行しており、当該ワラントもNewCoが発行するワラント(新ワラント)に置き換えられる。
n NewCoがSPACの株主に対して発行するNewCo株式及び新ワラントの公正価値は、SPACが保有する現金よりも大きい。
取引前後のストラクチャーは以下のとおりになります。
取引実行前のストラクチャー
取引実行後のストラクチャー
論点の所在
SPACの取得に関しては2013年3月のIFRICでも議論がされています。SPACを取得するために発行される株式の公正価値がSPACの識別可能純資産を超過する場合の当該超過額は、取得者がSPACを取得することによって得ることになるサービス(上場という便益を得るために支払うリスティングフィー)であると考えられ、取得者は財又はサービスを獲得するために株式を発行していることから当該取引にはIFRS 2号(株式報酬)が適用されるというアジェンダ決定が出ています。
今回のIFRICの議論では、上記の2013年3月のIFRICのアジェンダ決定を踏まえたうえで、取得者がSPAC株主に対して割り当てるNewCoワラント(新ワラント)をどのように会計処理すべきかが議論されました。
すなわちワラントの会計処理としてはIAS 32号とIFRS 2号が考えられますが、どちらの基準を適用すると考えるかにより、資本又は金融負債に分類されるという論点が生じます。なぜなら
n IAS 32号が適用される場合:ワラントがIAS 32号のスコープであると判断される場合、ワラントは自己の株式を基礎数値に持つデリバティブであるためIAS 32号の固定対固定の要件を満たさない限り金融負債に分類され、以後はFVTPLで会計処理される。
n IFRS 2号が適用される場合:ワラントがIFRS 2号のスコープであると判断される場合、持分決済型か現金決済型かに基づき資本に分類されるかが決定される。
すなわち、このようなワラントは通常、固定対固定の要件を満たさないため、IAS 32号の範囲に入る場合は金融負債に分類され、IFRS 2号の範囲に入る場合は資本に分類されることになります。このように、どちらの基準が適用されるかにより分類が異なることになるため、今回のIFRICの議論となりました。2013年3月のIFRICのアジェンダ決定では、SPACの取得についてはIFRS 2号が適用されるという結論が出ましたが、これに基づき、今回のワラントの発行についてもIFRS 2号を適用する(よってワラントは資本に分類)ことができるでしょうか?
2022年9月のIFRICのアジェンダ決定
IFRICは、新ワラントの会計処理を決定するにあたっては、以下のステップに従って検討する必要があるとしています。ただし、すでに上記で説明した2013年3月のIFRICアジェンダ決定で明確にされている点については記載を省略しています。
事業の定義を満たさないSPACを取得する際の識別可能な資産・負債と取得対価
事業の定義を満たさないSPACを取得する取引にはIFRS 3号の企業結合の会計処理は適用されず、資産又は資産グループの取得取引として、識別可能資産・負債を認識・測定する必要があります(IFRS3.2(b))。そのため、新ワラントの会計処理を検討するにあたっては、取得者はSPACワラントを識別可能負債として引き受けているのか否かを決定しなければならないとされました。すなわち、
1. 取得者がSPACワラントを識別可能負債として引き受けている場合:SPACワラントを識別可能負債としていったん引き受けたうえで、当該引き受けたSPACワラントを新ワラントに置き換える。
2. 取得者がSPACワラントを識別可能負債として引き受けていない場合:取得者はSPACワラントを識別可能負債として引き受けておらず、SPACワラントは消滅し、新たに新ワラントが発行される。
2022年3月のIFRICスタッフペーパーにも記載されていた設例の数値を用いて説明すると、
前提条件:
・取得日におけるSPACが保有する現金:90
・取得日におけるSPACワラントの公正価値:20
・NewCoが発行するNewCo株式の公正価値:80
・NewCoが発行する新ワラントの公正価値:20
・SPACワラントと新ワラントの契約条件は同一であり、両者の公正価値は等しいとする
・2013年3月のIFRICアジェンダ決定に基づき、リスティングサービスは識別可能資産に該当せず、取得日に一括費用処理する
ケース |
識別可能資産・負債に含まれるもの |
取得対価に含まれるもの |
取得時の仕訳 |
1取得者がSPACワラントを識別可能負債として引き受けている場合 |
現金、SPACワラント |
NewCo株式 |
借方) 現金 90 借方)リスティングサービス10 貸方)SPACワラント 20(*1) 貸方)NewCo株式 80 |
2取得者がSPACワラントを識別可能負債として引き受けていない場合 |
現金 |
NewCo株式、新ワラント |
借方) 現金 90 借方)リスティングサービス10 貸方)新ワラント 20 貸方)NewCo株式 80 |
(*1)SPACワラントと新ワラントの契約条件及び公正価値が等しいため、SPACワラントから新ワラントへの置き換えは取得の会計処理とは別個の取引とみなされ、(借方)SPACワラント 20 /(貸方)新ワラント20という仕訳が別途行われる(以下の説明を参照)。
上記のとおり、ケース1:取得者がSPACワラントを識別可能負債として引き受けている場合では、SPACワラントを識別可能負債として引き受けたうえで、SPACワラントから新ワラントへの置き換えの会計処理が行われるため、①識別可能負債として引き受けたSPACワラントをどのように分類するか、②SPACワラントから新ワラントへの置き換えをどのように会計処理するかが論点になります。
一方で、ケース2:取得者がSPACワラントを識別可能負債として引き受けていない場合では、新ワラントは取得対価として発行されています。
SPACワラントを識別可能負債として引き受けているか否かをどう決定するか
今回のアジェンダ決定では、SPACワラントを識別可能負債として引き受けているか否かの判断(上記のケース1かケース2かの判断)が最終的な会計処理に影響することになっています。それでは、当該判断はどのように行うべきでしょうか?
この点、アジェンダ決定では、取得に関連する全ての契約における契約条件を含む事実と状況を判断するとしており、例えば、取得が行われた法的なストラクチャーやSPACワラントと新ワラントの契約条件を検討するとされています。
この点に関しては、SPACワラントを引き受けているか否かを判断するのは実務上難しく、追加的なガイダンスを提供すべきというコメントが寄せられましたが、IFRICとしては上述した以上の説明をすることはできないとのことでした。
SPACワラントを識別可能負債として引き受けている場合の分類
上記のとおり、ケース1ではSPACワラントを識別可能負債として引き受けているため、当該SPACワラントを取得日においてどのように分類するかが問題となります。
この点については、2022年3月のスタッフペーパーにおいて、以下のとおり記載されています。
n SPACがSPACワラントを取得日前にどのように会計処理していたか(すなわち、IFRS 2号の株式報酬として会計処理していたのか、IAS 32号の金融商品として会計処理していたのか)は、取得日における取得者の会計処理上は影響がない。
n 取得者は、取得日において、SPACワラントが、
1.IFRS 2号の株式報酬の一部であるか、又は
2.SPACの所有者という立場に基づきSPACの株主に保有されていたか
を検討するとされています。
今回議論されている取引事例においては、SPACワラントを保有しているのはSPACの従業員ではなくSPACの株主であり、また、SPACの株主はSPACに対して何らのサービスも提供しないことが前提とされているため、当該SPACワラントはIFRS2号の適用される株式報酬ではなくIAS 32号で会計処理する(IAS 32号をSPACワラントに適用すると、固定対固定要件を満たさないため、金融負債に分類される)とされています。なお、仮に前提条件が異なり、SPACの株主が取得の後もSPACに対してサービスを提供するということであれば、SPACワラントはIFRS2号の適用範囲となります(この場合は、持分決済型であれば資本に分類されます)。
SPACワラントを識別可能負債として引き受けている場合におけるSPACワラントから新ワラントへの置き換え
SPACワラントを識別可能負債として引き受けている場合は、上記のとおり、まず、SPACワラントの会計処理を行う必要があります(事実と状況により、SPACワラントはIAS 32号かIFRS 2号が適用され、負債又は資本に分類されます)。そのうえで、SPACワラントから新ワラントへの置き換えの会計処理を検討する必要がありますが、このようなワラントの置き換えについて直接規定しているIFRSがなく、企業はIAS 8号に基づき会計方針を設定する必要があるとしています。ただし、スタッフペーパーでは、以下の考えが記載されています。
n SPACワラントと新ワラントの契約条件が異なり、SPACワラントと新ワラントの価値が異なる場合(したがってSPACワラントから新ワラントへの置き換えにあたり価値の移転が発生する場合)、ワラントの置き換えが少なくとも新ワラントの一部については、取得の会計処理における取得対価に含まれると考えられる。
n SPACワラントと新ワラントの契約条件が等しく、SPACワラントと新ワラントの価値が等しい場合(したがってSPACワラントから新ワラントへの置き換えにあたり価値の移転が発生しない場合)、当該置き換えは取得とは別個の取引としてIAS 32号又はIFRS 9号に従い会計処理する(もともとSPACワラントがIAS32号で会計処理されているため、金融商品の置き換えの規定が適用される)。
IAS 32 vs IFRS 2
最後の論点は、IFRS 2号とIAS 32号の適用範囲に関するものです。IFRS 2号もIAS 32号も共に金融商品を発行した場合に適用される基準ですが、それぞれの適用範囲は何を取得するかにより決まってきます。すなわち、
n IAS 32号のスコープ:IAS 32号のスコープからはIFRS 2号が適用される株式報酬取引は除かれている(IAS32.4(f))。
n IFRS2号のスコープ:財又はサービス(=金融商品ではない)を取得するに際して金融商品が発行された場合、当該取引はIFRS2号の適用範囲に含まれる。IFRS2号は株式報酬の基準なのでいわゆるストックオプション取引を想定してしまいますが、一般的に想定されるような株式報酬取引以外でも、金融商品ではない財又はサービスを取得する代わりに金融商品を発行する取引は、IFRS 2号のスコープとされています。
上記のとおりIAS 32号とIFRS 2号が適用される取引では共に金融商品が発行されますが、そのスコープは発行された金融商品で何を取得するかにより適用範囲が異なることになっています。取得されるものが金融商品なのであればIAS32号のスコープとなり、取得されるものが財又はサービスなのであればIFRS 2号のスコープになります。
それでは今回のIFRICの取引事例に戻って、上記の考えを当てはめてみます。
ケース |
取得したもの |
取得対価に含まれるもの |
検討 |
1取得者がSPACワラントを識別可能負債として引き受けている場合 |
現金→金融商品 SPACワラント→金融商品 リスティングサービス→財又はサービス |
NewCo株式 |
NewCo株式という1種類の金融商品を発行し、金融商品と財又はサービスの両方を取得している。 |
2取得者がSPACワラントを識別可能負債として引き受けていない場合 |
現金→金融商品 リスティングサービス→財又はサービス |
NewCo株式、新ワラント |
NewCo株式と新ワラントという2種類の金融商品を発行し、金融商品と財又はサービスの両方を取得している |
上記のように、1つの取引の中に、IAS 32号が適用される部分とIFRS 2号が適用される部分の両方が含まれる場合、どのように会計処理するかが問題となります。まさにこの点が、今回のIFRICにおける最大の論点といえますが、IFRICのアジェンダ決定においては、このような両方の要素を含む取引については、IAS 32号かIFRS 2号かのどちらかを全体に適用するのではなく、IAS 32号が適用される部分とIFRS 2号が適用される部分に分けてそれぞれ会計処理するとされました。コメントレターでは、現在の実務においては、1つの取引をIAS32号適用部分とIFRS 2号適用部分に分けるようなアロケーションは行っておらず、いずれか一方の基準を全体に適用することが行われているという意見が出されましたが、IFRICでは、理論的には、どちらか一方の基準を全体に適用することは認められず、何らかの適切なアロケーションを行うべきとされました。
スタッフペーパーでは、この考えを適用して問題になるのはIFRS2号とIAS32号で分類が異なる場合に限られ、そのようなケースは限定的とされています。たとえば、上記のケース1では、NewCo株式の一部についてIAS32号が適用され、残りの一部にIFRS2号が適用されますが、どちらの基準を適用してもNewCo株式は資本に分類されます(ただし、NewCo株式の交付が変動数の株式の交付に該当しないことが前提)。一方で、上記のケース2では、NewCo株式と新ワラントが発行されており、新ワラントについてはIAS32号を適用すれば金融負債に分類される一方でIFRS2号を適用すれば資本に分類されます。したがってこの場合は、新ワラントの発行のうちどの部分がIAS32号の適用される部分でどの部分がIFRS2号の適用される部分かを決定する必要があることになります。
アジェンダ決定では、新ワラントの全てが財またはサービスを取得するために発行されているとみなしIFRS2号を適用する(よって新ワラントの全額を資本に分類する)というような、金融負債としての分類を回避するような恣意的なアロケーションは有用な情報を提供せず認められないとしています。1つの方法として、取得された金融商品と財又はサービスの比率に基づき、IAS 32号の適用される部分とIFRS 2号が適用される部分を決定することが述べられています。2022年3月のスタッフペーパーの設例を用いると(数値は上記ケース2で用いたものと同じ)、以下のとおりとなります。
上記ケース2の仕訳 |
新ワラント |
NewCo株式 |
借方) 現金 90 借方)リスティングサービス10 貸方)新ワラント 20 貸方)NewCo株式 80 |
新ワラント20を、現金90(IAS32号部分)とリスティングサービス10(IFRS2号適用部分)の比率(9対1)で按分する。 IAS32号適用部分18 (20×90%)→金融負債(FVTPL) IFRS2号適用部分2 (20×10%)→資本 |
NewCo株式80を、現金90(IAS32号部分)とリスティングサービス10(IFRS2号適用部分)の比率(9対1)で按分する。 IAS32号適用部分72 (80×90%)→資本 IFRS2号適用部分8 (80×10%)→資本 |
今後について
今回のIFRICアジェンダ決定は、IASB会議において反対がないことを条件に公表される予定です。IAS32号とIFRS2号のアロケーションについては、実務への影響が懸念されます。当該論点が適用される状況は、SPAC取得時だけでなく、事業の定義を満たさない資産の集合(そのような資産の集合は、当然、金融商品と非金融商品の両方が含まれます)を取得する場合は同様の論点が生じえます。また、ストックオプション取引においても、契約開始時に従業員がCashで前払いをするような有償ストックオプションについては、当該アップフロントのCashの受取はIAS第32号で会計処理する必要があることになると思われます。また、どちらの基準を適用しても分類に差はないとしても、IAS32号が適用される場合の公正価値とIFRS2号が適用される場合の公正価値とでは公正価値の考えが異なるため、アロケーションにより測定値が異なる状況もあり得るのではないかと思われます。また、適用される基準が異なる場合は開示も異なってくるはずですが、その点も検討されていません。IASB会議ではこのような点も含め、慎重に判断して欲しいと思います。