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はじめに
2022年9月のIFRICにおいて、リースの貸手と借手がリース料の一部を免除する契約変更をし、かつ当該リース料の免除のみが契約変更の対象である場合におけるリースの貸手の会計処理が議論されました。リース料の免除に関してはCOVID-19関連でIFRS16号の改訂がされましたが当該改訂は借手のみに適用され貸手には適用されません。したがって、コロナ禍における貸手の会計処理については、通常のIFRSを適用する実務が行われていましたが、今回のIFRICの質問は当該実務にも影響を与えるものとして注目がされていました。
議論された取引
今回議論された取引を設例の形で記載すると、以下のようになります。
n リースの貸手は自社が保有するビルを借手に賃貸する。1カ月のリース料はCU 100、リース期間は3年間とする。貸手にとって、当該リース契約はオペレーティングリースに分類される。
n リース開始から9か月目までは、借手は貸手に対してリース料の支払いを行ったが、10カ月目から12か月目まではリース料の支払いが行われていない。これは、10か月目以降は政府の方針で借手の営業に制限が課せられ、これを受けて借手が貸手に対してリース料の支払いを拒否しているからである。
n リース開始後12カ月たった時点で、借手と貸手はリース契約を変更することに合意し、10か月目から12カ月目までの3か月分のリース料計CU 300を免除し、かつ、13カ月目と14カ月目の2か月分のリース料も免除するリース契約の変更を行った。結果、変更後のリース契約におけるリース料総額はCU 2,200 (15カ月目から36カ月目までの22か月分)となった。上記以外のリース契約の変更は行われていない。
論点の所在
今回の取引の論点は以下の2点です。
n 12か月経過時点において貸手はCU 300(10か月目から12か月目までに関する未収分)というオペレーティングリース債権を認識しているが、リース契約変更前において、貸手はIFRS9号の減損損失を認識すべきか。
n リース契約を実際に変更した時点において、貸手はIFRS9号の認識の中止の規定とIFRS16号のオペレーティングリース契約の変更の規定のいずれを適用すべきか。
リース契約変更前におけるオペレーティングリース債権に対するIFRS 9号の減損規定の適用
貸手が認識するオペレーティングリース債権CU 300は、IFRS16号を適用する結果認識されたものではありますが、IFRS9号の減損規定及び認識の中止の規定の適用も受けることになっています(IFRS9.2.1(b)(i))。
IFRS9号の減損規定は、予想信用損失モデルという名前からして、借手の信用リスクに起因する回収不能分を引当計上することを想定しています。そのため、今回の取引のような、借手の信用リスクが悪化しているわけではない(借手の信用リスクに起因しない)回収不能分についてはIFRS9号の減損規定は適用されないのではないかという点が議論されました。
この点、2022年9月のアジェンダ決定では、IFRS9号の減損規定は、回収不能の理由が借手の信用リスクに起因するか否かにかかわらず、契約上のCFに対して回収予想金額が不足する場合には、IFRS9号の減損規定を適用し引当計上を行うという点が明確にされました。これは、借手の信用リスクに起因しないという理由で引当計上をしない場合は、資産が実際の回収予定金額を表さない(資産が過大評価されてしまう)ことになってしまい、妥当ではないためです。
そのため、実際にリース契約を変更する前、つまりリース契約を変更することを予定している(予想している)時点において当該認識しているオペレーティングリース債権の一部又は全部が回収できないことが判明しているのであれば、当該回収不能リスクを減損損失として反映する必要があるとされました。
また、IFRS9号の減損規定を適用するタイミングに関しても明確化され、リース契約を変更する直前に貸倒引当金を再計算する必要があり、結果として、12カ月経過時点においては以下の仕訳が切られることになるとされました。
(借方)減損損失(PL) 300 / (貸方)貸倒引当金 300
リース契約変更時点における会計処理
今回議論された取引では、リース契約の変更は12カ月経過時点において行われ、10か月目から14カ月目までの5か月分のリース料(CU 500)を免除しています。当該リース料の免除は以下の2つの要素に分解できます。
1. オペレーティングリース債権が計上されている10か月目から12か月目までのリース料未払分の免除
2. 13カ月目と14カ月目の将来2か月分のリース料の免除
今回のアジェンダ決定では、実際のリース契約変更時点(12カ月経過時点)において、上記1と2は別々に会計処理することが明確化されました。すなわち、上記1のオペレーティングリース債権の免除についてはIFRS 9号の認識の中止規定を適用する一方、上記2の将来リース料の免除についてはIFRS 16号のオペレーティングリース契約の変更に基づき会計処理することとされました。
オペレーティングリース債権に対するIFRS 9号の認識の中止規定の適用
上記のとおり、オペレーティングリース債権についてはIFRS 9号の認識の中止規定も適用されることになっています。IFRS 9号において、金融資産は、(1)契約上のCFを受け取る権利が消滅した場合、又は (2)金融資産を譲渡した場合において、その認識が中止されるとされています。今回の事例では、リース契約を変更することにより、貸手は借手のリース料支払義務を法的に(契約上)免除しているため、当該要件に該当し、CU 300のオペレーティングリース債権については認識が中止されるとされました。仕訳としては以下のとおりとなります(すでに減損損失CU 300を計上しているため、グロスの帳簿価額と貸倒引当金を落とすのみで、帳簿価額に影響はありません)。
(借方)貸倒引当金 300 /(貸方)オペレーティングリース債権 300
将来リース料の免除に対するIFRS 16号のオペレーティングリース契約の変更規定の適用
リース契約を変更する時点において、13カ月目と14カ月目のリース料の免除は将来リース料の免除に該当します。この点に関してはIFRS16号のオペレーティングリース契約の変更の規定(IFRS16.87)を適用し、13カ月目と14カ月目のリース料がゼロになる影響を、13カ月目から36カ月までにかけて按分して認識することとされました(IFRS16.81)。
貸手のオペレーティングリースの会計処理としては、リース料全体を原則として期間定額法(straight-line basis)により認識するとされており、たとえば契約の初期にレントフリー期間がある場合であっても、全体のリース料をレントフリー期間も含めたリース期間全体で按分し1カ月当たりのあるべきリース料を算出し、レントフリー期間についても収益を認識します。レントフリー期間中の会計処理は、(借方)Accrued lease payment/(貸方)lease income (PL)となり、当該資産として認識されたAccrued lease paymentはレントフリー期間以後の残りの期間において取り崩す(各期で実際に受け取るCashと認識するlease incomeの差分についてaccrued lease paymentを取り崩していく)処理を行います。今回の取引事例においても、13カ月目以降については上記の会計処理を行うことになります。
13カ月目(及び14カ月目)の会計処理
(借方)Accrued lease payment 91.6 /(貸方)lease income (PL) 91.6
毎月のあるべきリース料(PL)=リース料総額2,200/リース期間24カ月=91.6
15カ月目以降の会計処理
(借方)Cash 100 / (貸方)lease income (PL) 91.6
/ (貸方)Accrued lease payment 8.4
上記以外の見解
冒頭で記載したとおり、コロナ禍においてリース料(主に家賃)の免除が行われ、貸手に関してはIFRS16号のCovid-19関連の免除規定が適用されないことから、通常のIFRSをどのように適用すべきかが実務で論点となりました。コメントレターを見る限りは、上記のIFRICのアジェンダ決定とは異なる形での会計処理が行われていたことが想定されます。
リース料の免除は、貸手にとっては損失であり、結局は、当該損失をどのように認識すべきかがここでの論点となります。すなわち損失を一時点で認識すべきか、それとも将来期間に按分して認識すべきかということですが、IFRIC見解では①オペレーティングリース債権については一時点で損失として認識し、②将来債権については将来期間にわたって損失を認識することになります。
一方、実務では上記のIFRIC見解とは異なり、上記①オペレーティングリース債権の損失を将来期間に按分して認識する会計処理が行われていたことが想定されます。当該損失を一時点で認識せず将来期間で按分する考えとしては、①借手の信用リスクに起因しない回収不能分であるとしてIFRS9号の減損規定を適用しない、かつ、②IFRS16号87項ではリース契約変更前に認識されていたaccrued lease paymentは変更後の期間において取り崩すとされていることを根拠に、オペレーティングリース債権についてはAccrued lease paymentと同様とみなし、IFRS9号の認識の中止規定を適用するのではなくIFRS16号のオペレーティングリース契約の変更規定を適用し将来のリース期間の中で取り崩す、という見解が取られていたのではないかと思われます。
今回のアジェンダ決定では、IFRS 9号の減損規定は信用リスクに起因しない回収不能分についても適用されることと共に、オペレーティングリース債権はIFRS9号の適用対象でありIFRS16号87項で言及されているaccrued lease paymentには該当しないことが明確にされました。すなわち、上記のとおり、accrued lease paymentはレントフリー期間の会計処理等のための調整勘定であり、IFRS16号の適用対象になりますが、金融資産には該当せずIFRS 9号の適用を受けない、という考えが表明されました。IFRS15号の契約資産に近い考えが適用されているのかもしれません。
今後について
今回のアジェンダ決定は、将来のIASB会議で議論されIASBの反対がない場合において公表されます。IFRIC見解が確定した場合(IASBの反対がなくアジェンダ決定が公表された場合)は、異なる会計処理を行っていた貸手はIFRICが求める会計処理への変更が必要になります。なお、今回の事案は、リース契約の変更がリース料の免除のみである場合に限定されており、リース料の免除以外の変更がある場合には今回のIFRICアジェンダ決定は適用されないとされている点には留意が必要です。また、今回議論された同様の取引における借手の会計処理については2022年3月のIFRICで議論がされ、IFRS9号の認識の中止規定とIFRS16号の借手のリース契約の変更規定の間にコンフリクトがあるということで、年次改善の中でIFRS 16号を改訂する予定になっています。