はじめに

 202210月の会議では、IFRS 9号のPIRに関して、資本性金融商品に対するFVOCIオプションの規定、ビジネスモデル、電子決済システムによる現金の移転に関する議論・暫定決定が行われました。

 資本性金融商品に対するFVOCIオプション 

 202210月の会議では、20226月の議論に引き続き、IFRS9号において資本性金融商品に対して認められているFVOCIオプションについて議論が行われました。6月の議論では、OCIオプションが適用される範囲についての論点やOCIからPLへのリサイクルを求める関係者からの要望が再度議論されました。詳しくは2022年6月の会議のブログ記事をご参照ください。 

 10月の会議では、FVOCIオプションについての関係者からのフィードバックが再度確認され、現状のIFRS9号の取扱いを改訂する必要があるかの議論が行われました。関係者からのフィードバックの多くは、FVOCIオプションはIASBの意図したとおりに機能していると回答していましたが、一部の関係者は、 

n  FVOCIオプションが実務においてIASBが当初意図した以上の状況において用いられており(IFRS9.BC5.22ではFVOCIオプションが用いられる状況は資本性金融商品の公正価値変動が企業の業績を表さない場合とされているが、IFRS9.5.7.5ではそのような制約がない)IASBFVOCIオプションの適用可能対象について明確化を図るべきである 

n  FVOCIオプションの適用対象を現状よりも拡大し発行者の資本の定義を満たさない金融商品(”Equity-like”)にまでFVOCIオプションの適用対象を拡大すべきである 

n  資本性金融商品の処分時にはOCIからPLへのリサイクルを認めるべきである 

というコメントを提出していました。 

 10月の会議では、結論として、FVOCIオプションの適用対象及びその会計処理については現状からの変更を行わないことを暫定決定しました。 

 OCIからPLへのリサイクルについては、以下のような議論が行われています。 

n  資本性金融商品に対して認められているFVOCIオプションは、あくまで「表示のオプション」であって、IFRS 9号において資本性FVOCIオプションという独立の分類区分があるわけではない。IFRS9号における金融資産の分類区分は、償却原価測定金融資産、負債性FVOCI金融資産、FVTPLという3つしか存在せず、資本性FVOCIオプションは分類としてはFVTPLに属するものの表示において公正価値変動をOCIで表示しているに過ぎない。資本性金融商品についてOCIからPLへのリサイクルを認めることはIFRS9号における分類区分の規定を変更することになってしまう。 

n  リサイクリングを認める場合は資本性金融商品に対する減損の規定を新たに設ける必要があるが、IAS 39号が適用されていた際には資本性金融商品に対する減損規定の適用が実務で問題になっていた。IAS 39号の複雑性を回避するというIFRS 9号の開発の目的を考えれば、複雑性が増すような選択を行うべきでない。 

n  OCIからPLへのリサイクルの論点は、OCIをどう捉えるかというIFRS9号よりも広い論点に発展し、IFRS9号のPIRの議論の範疇を超えてしまう。 

 上記のOCIからPLへのリサイクリングを主張しているのはIFRS 9号をまだ適用していない保険会社が多いように思われます。保険会社はIFRS 17号を適用するまでIFRS 9号を適用する必要がなくIAS 39号を適用することができるため、IAS 39号における売却可能金融資産(AFS)の会計処理が継続されることを望んでいるものと思われます。一方ですでにIFRS 9号を適用している会社は、現状の実務において、特に問題もなく適用できているということではないかと思われます。 

 FVOCIオプションを採用する場合、売却した場合も累積公正価値変動はPLへ振り替えられないため、投資の成果が財務諸表に計上されないという批判がありますが、スタッフペーパーでは、欧州の銀行が5年以上の長期投資ポートフォリオで保有する株式の比率はIFRS9号が適用された前後で変化がないことや、英国のFTSE100の企業のうちの調査対象52社では、IFRS 9号を初度適用時に大部分(全体の72%)の株式に対してFVOCIオプションを適用していたという報告がされています。ESMAEBAも、PLへのリサイクルがされないFVOCIオプションが投資に対してネガティブな影響を与えているという証拠はないと考えていると紹介されていました。 

 10月の会議では、FVOCIオプションの適用対象及びその会計処理について変更は行わないものの、IFRS7号におけるFVOCIオプションの開示に関するフィードバックを受け、関連規定を以下の通り変更/追加することが暫定決定されました。 

(a)   現状のIFRS7.11A(c)では期末において保有するFVOCI資本性金融商品の個別の公正価値の開示を要求しているが、個別の資本性金融商品の公正価値ではなく、公正価値の総額を開示するように変更する 

(b)  報告年度におけるOCIで認識された公正価値の変動額の開示を新たに要求する 

 ビジネスモデル 

 IFRS 9号においては、SPPI要件を満たす金融商品は、(1)契約上のCFを回収するためのビジネスモデル(held to collect)に該当する場合は償却原価で測定され、(2) 契約上のCFの回収と金融商品の売却の両方を目的とするビジネスモデル(held to collect and sell)は負債性FVOCIに分類されます(会計上のミスマッチを解消できる場合はFVオプションを採用することも可能です)。 

 IFRS 9号が金融資産の分類にあたりビジネスモデルを設けている理由は、SPPI要件を満たす単純な金融商品であっても、企業が当該金融商品をどのような目的で保有しているかによってCFの実現方法が異なってくるからです。つまり、企業がある金融商品を売却することを念頭に保有している場合、企業が受け取るCFは金融商品が生み出す契約上のCFというよりは金融商品の売却時の値段(公正価値)により実現することになるため、当該金融商品の公正価値が有用な情報になります。一方で、売却しないことを前提に保有されている金融商品の場合、当該金融商品のCFの実現は債務者からの回収により行われるため当該金融商品の公正価値情報はあまり意味を持たないことになります。 

 金融資産の分類におけるビジネスモデルの決定は、企業が設定した目的を満たすために金融商品が実際どのように管理されているかという事実に基づき行う必要があり、個別の金融商品に対する経営者の意図により決定されるのではないとされています。また、金融資産の分類変更はビジネスモデルが変更された場合にのみ行われるとされていますが、ビジネスモデルが変更されたとみなされる場合は非常にまれで対外的に主張が可能であるような状況である必要があるとされています。つまりIFRS 9号においてビジネスモデルの変更による金融資産の分類変更は非常に制限されており、これは分類変更を容易に行えるようにしてしまうと個別の金融資産に対する経営者の保有意図の変更により分類変更を認めることを許してしまうことと等しくなってしまうためとされています。

 関係者の多くはIFRS 9号のビジネスモデルはIASBの意図した通りに機能していると考えているとのことでしたが、一部の関係者からは以下のような論点に関してIASBは追加のガイダンスを提供すべきとしています。 

n  ビジネスモデルを判定する際のレベルをどのように決定すべきか 

n  金融資産の売却の頻度と重大さをどのように判定すべきか 

n  異なるビジネスモデルをどのように決定すべきか 

n  ビジネスモデルと個別の金融資産に対する経営者の意図をどのように区別すべきか 

 また、金融資産の分類変更に関しては、以下のような状況についてIASBは分類変更を認めるべきというコメントが出されています。 

n  ローンシンジケーション:売却予定の金融資産の一部について売却ができなかった場合 

n  企業内部での金融資産の移動:企業内部でのポートフォリオ間での金融資産の移動 

n  外部環境が変化したことによる売却(Covid-19等):外部環境の変化に起因する売却方針の変更 

 10月の会議では、多くの関係者はビジネスモデルに関する規定はIASBの意図したとおりに機能していると考えていること、ビジネスモデルの決定及びその変更はどのような場合であってもいずれにしても企業による判断を要求するものであること、IFRS 9号はすでに十分なガイダンスを提供しておりこれ以上の追加的なガイダンスの提供は実務への意図しない影響が懸念され追加的なガイダンスの提供は便益よりもコストの方が大きいこと等の判断により、当該論点に関してIASBは何もしないということが暫定決定されました。 

 

  電子決済による現金の移転に関するIFRS 9号の限定的改訂

 

 20226月のIFRIC会議において「電子決済システムを通じて金融資産が決済された結果受け取ったCashの取扱い」のアジェンダ決定が最終化されIASBの反対がなければ公表されるステータスでしたが、20229月のIASB会議においてアジェンダ決定を公表した場合の実務への影響に配慮し基準設定の可能性を探っていくことが決定されていました。IFRICで議論された内容についてはこちらのブログ記事20229月のIASB会議についてはこちらのブログ記事をご参照ください。

 10月のIASB会議では具体的な基準改訂の方向性が議論されました。具体的には、IFRS 9号の認識及び認識の中止に関する基準の明確化を行うという選択肢と、電子決済システムを用いて現金を支払う場合に適用し得る会計方針の選択を新たに設ける選択肢が議論され、後者に基づいて検討を進めることが暫定決定されました。これはIFRS 9号の金融商品の認識及び認識の中止の規定を明確化しようとする場合には、電子決済による現金の移転取引以外の他の取引にも影響が波及してしまい、認識及び認識の中止についての基準はIASBの意図したとおりに機能しているとする関係者からのフィードバックにもかかわらず意図せず影響がもたらされることを懸念したことによります。

 この会計方針の選択は電子決済システムを用いて支払いを行った企業に対して適用されるもので、(本来は金融負債の認識の中止をできない時点であっても)以下の要件を満たすことを条件に金融負債の認識の中止を行うことを認めるとしています。

(a)       企業は現金支払いについての取消不能なコミットメントをしており、したがって現金に対する支配を実質的に失っている

(b)      電子決済を用いた現金支払いによる開始から終了までの日数は市場の慣行に従って短期間により行われる

(c)       現金の決済は電子決済システムにより行われ、決済リスクは企業に存在しない

 すなわち、IFRICで議論された論点は、電子決済システムにより債権が決済される場合の現金の認識タイミングを議論するものでしたが、10月の会議で暫定決済されたのはIFRICで議論された現金の受取人のケースではなく、現金の支払人のケースになっています。これは関係者からのコメントにおいてIFRICアジェンダ決定が公表された場合は現金を受け取る企業よりも現金を支払う企業に対して大きな影響があるという関係者からの懸念に基づいているようです。すなわち、電子決済システムを用いて現金を支払う企業の場合、銀行に対して支払依頼をした時点で企業が当該銀行口座にある現金の支配を失っているケースがあり、一方で、支払先に現金が届くまでは金融負債からは免除されず金融負債の認識を中止できないという状態があり得ます。この場合、現金に対する事実上の支配を失った時点で現金の認識を中止し銀行に対する別途の債権を計上することになるのか、金融資産の認識の中止規定との関係をどう考えるべきか、事実上支配を失ってる現金をどう扱うべきかという論点が生じ得ます。このような懸念を回避するため、上記の暫定決定では、電子決済システムにより支払いを開始した時点において金融負債の認識を中止することを認めることを提案しています。ただし、電子決済を用いて支払いを行う企業にのみ適用される会計方針というのは片手落ちな印象を拭えず、電子決済を用いて現金を受け取る企業に対しても同様の会計方針を認めるべきという議論は起こり得るのではないでしょうか(この場合は、期末時点においては着金していなかったとしても、債権を取り崩し現金として認識する会計方針を認めるということになるかと思います)。