このページの概要
はじめに
FICEプロジェクトでは、2023年中の公開草案の公表に向けて、詰めの議論を行っています。今月は、IFRS7号(金融商品の開示)の改訂に関する議論と、改訂基準の移行措置が議論されました。
IFRS7号の改訂
IFRS7号のスコープと目的
今までのFICEプロジェクトの議論でもIFRS7号の改訂については議論されてきましたが、今月の会議では、IFRS7号の更なる改訂が議論され、暫定決定がされています。
まず、IFRS7号は金融商品の開示を扱う基準であり、その場合における金融商品とは発行者にとっての資本性金融商品をも含んでいるのですが、IFRS7号には発行者の資本性金融商品についての具体的な開示要求は見当たりません(他社の株式にFVOCIオプションを採用した場合など、資本性金融商品の保有者の開示はあります)。自己の発行する資本性金融商品の開示がない理由としては、IAS32号の対象となる自己の発行する資本性金融商品はIFRS9号において事後測定の対象となっておらず会計処理の規定がないからと考えられます(なお、自己が発行する資本性金融商品でも、それがIAS32号ではなくIFRS2号(株式報酬)のスコープになる場合、IFRS2号において詳細な開示が要求されます)。
企業が発行する金融商品のうち、負債性金融商品については多くの情報が開示されるのに、資本性金融商品については情報がほとんど開示されていないというのがFICEプロジェクトで共有されている問題認識のひとつであるため、これまでの暫定決定でも資本性金融商品に分類された場合における当該資本性金融商品の中に含まれる負債性の要素の開示や普通株式以外の資本性金融商品が存在する場合における普通株式の希薄化の程度の開示など、資本性金融商品の開示の拡充が行われています。
上記を踏まえ、今月の会議では、IFRS7号のスコープと目的の改訂が暫定決定されました。具体的には、企業が発行する資本性金融商品について有用な情報を開示することをIFRS7号の目的の1つとして設定するとともに、現行のIFRS7号3(a)項にある子会社株式にかかるデリバティブが連結財務諸表において資本に分類される場合のスコープ除外の規定を削除する暫定決定が行われました。
金融商品の契約条件の開示
今回のFICEプロジェクトは、IAS32号を大幅に書き換えることなく実務上の論点を解決することを目的としているため、分類については現行のIAS32号の原則を踏襲することとされています。その結果、例えば、元本及び利息の支払い義務を契約から排除しそれらの支払いを企業の任意にしている永久劣後債などは、元本及び利息の支払い可能性がいくら高くてもIAS32号において(及び今回のFICEプロジェクトにおいても)資本に分類されます。ただし、上記のような永久劣後債については、企業が元本及び利息の支払を行うことになる点では他の負債と何らの変わりがなく、それにもかかわらず会計上は資本になるという点について疑問が呈されてきました。
そこで今回のFICEプロジェクトでは、負債か資本かという金融商品の「分類」が伝える情報には限界があり、その不足は開示によって補う必要があるという認識のもと、負債と資本の両方の性質を有する金融商品については、契約条件の開示を求めることが暫定決定されています。すなわち、負債と資本の両方の要素を有する金融商品については、以下の開示が要求されます。
(a) 資本性金融商品に分類された金融商品に含まれる負債性の要素
(b) 負債に分類された金融商品に含まれる資本性の要素
(c) 金融商品の分類を決定した負債性要素、資本性要素
たとえば上記の永久劣後債は、資本に分類されたとしても、負債性の要素を持っていることになるため、上記(a)に基づき、発行者の任意による元本及び利息の支払いの可能性や支払額の開示が要求されます。同時に、上記(c)に基づき、契約上、元本及び利息の支払い義務がないことにより当該金融商品が資本に分類された旨を開示することになります。
上記については過去のFICEプロジェクトで暫定決定がされていたものですが、今月の会議では、上記開示における負債性の要素や資本性の要素など、追加的な説明や設例をIFRS7号に含めることが暫定決定されました。また、これら負債性要素や資本性要素の開示においては、情報利用者が当該要素の性質や企業への影響・不確実性を理解できるよう、定性的な情報と定量的な情報の両方の開示を求めることも暫定決定されています。さらに、1つの金融商品の中の一部の要素が負債に分類され、残りの要素が資本に分類される場合(混合契約)、当初認識時の取引価格の負債と資本への分類額の開示も要求されることになりました。
金融商品の分類を決定するにあたっての重要な判断の開示
今月の会議では、企業が金融商品を分類にするにあたって行った重要な判断についての開示を要求することも暫定決定されました。金融商品の分類は、負債か資本のいずれかに分類する必要があり(厳密には、金融商品に含まれる構成要素毎に負債か資本かを決めていき、負債と資本の両方を有する金融商品は混合契約となりますが、そもそもの構成要素の捉え方に議論があります)、分類にあたって重要な判断が要求されるケースが存在します。
例えば、企業の株主の意思決定によって企業が支払をすることが要求される場合において、当該株主の意思決定が企業自身の意思決定なのか、企業とは別の第三者による意思決定なのか、という論点があります。過去の暫定決定では、株主が企業自身として行動している場合と企業とは別の第三者として行動している場合のファクターを提示することとされましたが、どちらに該当するかは企業による重要な判断が要求されると考えられます。
その他の例としては、自己の資本性金融商品を基礎数値に持つデリバティブが資本になるか否かについても、重要な判断を要するケースが想定されます。
企業が行った重要な判断の開示についてはIAS1号122項に規定がありますが、金融商品の分類が企業に与える重要性やこれらの分類にあたっては一般的に重要な判断が行われているケースが多いことに鑑み、金融商品の分類にあたって企業が行った重要な判断の開示を明示的に要求することが暫定決定されました。
時間の経過によって有効/無効となる契約条件の開示
金融商品の分類は当初認識時に行われますが、契約条件に含まれる条項の発動又は停止や、契約条件以外の事実と状況が変化することにより、仮に現時点で同じ金融商品を分類したとしたら当初認識時の分類とは異なる分類がされる状況というのが存在します。
現行のIAS32号には、上記のような状況をどのように会計処理すべきか(つまり再分類すべきか否か)についての規定が存在しておらず、今回のFICEプロジェクトの中で議論がされ、再分類は契約条件以外の事実と状況の変更によってのみ行うこととし、契約条件に含まれる条項の発動/停止によって再分類は行わない(再分類を禁止する)ことが暫定決定されています。
例えば、契約期間が5年の転換社債の転換比率が、当初の3年間は変動するものの、3年経過後の残り2年間は固定される場合、転換比率が固定された段階で、当該金融商品は負債から資本に再分類されるかというと、上記の暫定決定によれば、再分類はされないことになります。3年経過後における転換比率の固定化はもともと契約条件に含まれていたものであり、このような時の経過によって有効/無効になる条項は、再分類にあたって考慮しないこととされました。
ここで、上記の転換社債は3年経過後も当初認識時と同様に負債としての分類が継続することになりますが、転換比率が固定されたことによる影響は、負債の測定に影響を与えることになります。当該転換権は当初からデリバティブとしてFVTPLで会計処理されていたとしても、転換比率が変動することによって公正価値の変動が抑えられていた可能性がありますが、転換比率が固定された以後は以前に比べて公正価値の変動が大きくなる可能性があります。
上記のような状況が発生することに鑑み、今月の会議では、時の経過によって有効/無効になる契約条件の開示を要求することが暫定決定されています。
再分類された場合の開示
IAS32号では、金融商品の定義上は負債に該当するとしても、特定の要件を満たす場合は資本として表示するという規定があります(プッタブル金融商品と清算時にのみ支払いが要求される金融商品)。IAS32号ではこれらの金融商品については再分類の規定を設けており、IAS1号80Aでは、これらの金融商品が再分類された場合について、再分類した金額・時期、再分類の理由を開示することを要求しています。
上述のとおり、現行のIAS32号には実務で問題となるようなより一般的な状況における再分類についての規定がなく、このFICEプロジェクトにおいて、契約条件以外の事実と状況が変化したことによる再分類は要求するもののそれ以外の要因による再分類は禁止することが暫定決定されました。
今月の会議では、当該、新たに要求されることによる再分類に関する開示として、IAS1号80A項の規定をIFRS7号に移行するとともに、新たな再分類の規定による開示もこれに追加することが暫定決定されました。
自己の資本性金融商品を償還する義務がある場合の開示
現行のIAS32号23項において、企業が自己の資本性金融商品を償還する義務を有する場合(典型的なケースでは、第三者が子会社株式の一部を保有し親会社に対して当該子会社株式を売り渡すプットオプションを有するケース)、当該企業は、将来の支払額の割引現在価値で測定される負債を認識するとともに資本を借方計上することが要求されています。今回のFICEプロジェクトでも現行の会計処理の是非が議論されましたが、現行IAS32号の会計処理を踏襲することが暫定決定されました。
上記の会計処理を行う場合において、借方の資本科目として何を用いるのか、新たに認識された負債の事後の会計処理はPLか資本か、自己の資本性金融商品を償還する義務が消滅した場合(プットオプションが行使されず消滅した場合等)において増加させる資本の科目は何を用いるべきか、等については実務のばらつきがあり、今回のFICEプロジェクトにおいて以下のとおり会計処理を明確化する暫定決定が行われています。より詳しい説明は、2022年7月及び9月のブログ記事で解説していますのでそちらをご参照ください。
n 借方の資本科目としては、企業(親会社)自身が既に当該対象株式の現在の権利に対するアクセス権を有しているか否かに応じて(すなわち法的にはまだ取得していないものの、あたかも既に取得したのと同じ状態にあるか否かに応じて)、アクセス権を有する場合には親会社の資本金(対象株式が親会社の株式の場合)やNCI(対象株式が子会社株式の場合)を直接減額し、そうでない場合は資本金以外の科目(対象株式が親会社の株式の場合)やNCI以外の資本科目(対象株式が子会社株式の場合)を減額する。
n 負債の事後変動はIFRS9号の対象範囲となり、事後変動はPLで認識する。
n 自己の資本性金融商品を償還する義務が消滅した場合に増加させる資本科目は、当初減額した資本科目と同じものを用いる。
現状のIFRS7号ではIAS32号23項が適用された場合においての明確な開示の要求がなく、そのことが財務諸表利用者にとって当該会計処理をより分かりにくいものにしていました。したがって今月の会議では、当該会計処理が行われた場合において以下の開示を要求することが暫定決定されました。
n 負債の認識と資本の減額を行った当初認識時における金額、及び、借方の資本科目名
n 認識された負債について当期中に認識されたPL金額
n 当期中に資本性金融商品の償還が行われた場合は、償還時に認識されたPL金額(あれば)
n 自己の資本性金融商品を償還する義務が消滅した場合において、負債の減額と資本の認識を行った金額
n 負債の事後変動から生じるPLについて、利益剰余金から他の資本科目に振替を行った場合は、当該振替金額及び振替後の資本科目名
企業自身のパフォーマンスや企業の純資産の変動に基づく支払いが要求される金融負債についての開示
これまでの議論において、企業自身のパフォーマンスや企業の純資産の変動に基づく支払いが要求される金融負債については、当該金融負債がFVTPLに分類される場合、当期中に認識されたPLの金額を開示することが暫定決定されていました。なお、IASBとしては、企業自身のパフォーマンスや企業の純資産の変動に基づく支払いが要求される金融負債は、単独のデリバティブになるか、もしくは組込デリバティブの場合でも分離が要求されることによりFVTPLに分類されると考えており、該当する例としては、償還時における企業自身の公正価値で償還が要求される金融負債や元本や利息の支払いが企業の公正価値に連動している金融商品などが挙げられています。
金融負債がFVTPLに分類される場合は、①トレーディング目的に該当する場合と、②当初認識時に取消不能のFVTPL指定を行う場合があり、IFRS7号20(a)項では、FVTPL負債について、上記の①と②を分けたうえで、当期中に認識された純利益又は純損失の開示を要求しています。
今月の会議では、企業自身のパフォーマンスや企業の純資産の変動に基づく支払いが要求される金融負債がFVTPLに分類される場合における当該金融商品の当期中のPL金額の開示は、IFRS7号20(a)項を修正することにより行うことが暫定決定されました。
ただし、上記②のケースでは自己の信用リスクの変動はOCIで計上されるため、当該規定との関連性については今後の明確化が求められるところかと思います。
改訂基準を初めて適用する際の移行規定
FICEプロジェクトにおける基準の改訂はIAS32号、IFRS7号、IAS1号に及びます(IAS1号については、例えば、BS/PL/株主資本変動計算書において、普通株主持分とそれ以外の資本性金融商品の保有者持分を分離して表示する要求があります)。
今月の会議では、これらの基準の改訂を初めて適用する際の取扱いが議論されました。
FICEプロジェクトでは、負債と資本の分類を決定するにあたってのIAS32号の明確化を行っており、これらを企業が過去に発行した金融商品に適用した場合、従前の分類を変更する必要があるケースが生じ得ます。また、FICEプロジェクトでは、負債か資本かの分類だけが伝える情報には限界があるとの認識から、表示や開示を拡充する暫定決定を多数行っています。
新基準や改訂基準を適用する際の適用の仕方には、大きく分けて、①新基準等を過去の全ての期間に遡及適用し、比較期間の修正再表示も要求するfully retrospective approach、②新基準等を過去の全ての期間に遡及適用するものの、その累積的影響を新基準適用日期首の利益剰余金で一括認識する(つまり比較期間の修正再表示は行わない)modified retrospective approach、③新基準を新基準適用日以降に発生する取引から適用するprospective approachがあります。
今月の会議では、今回の改訂基準の移行方法は①のfully retrospective approachであることが暫定決定されました。①Fully retrospective approachは企業にとっての負担が重い一方で期間比較が正しくできることから情報利用者にとっては望ましい方法と考えられています。まず、企業が発行する金融商品はある程度の期間存在することから、ある時点を境に適用される基準が異なる場合(③ prospective approachの場合)、同じ性質を有する金融商品であってもその発行時期によって会計処理が異なるものが同時に存在することになり得るため望ましくないという考えが示されています。また、②modified retrospective approachは、認識と測定の変更のみがある場合に適合する方法であり、表示や開示までもが変更になる場合には相応しくないという考えも示されています。
上記のとおり、FICEプロジェクトにおいて暫定決定された事項はかなりの事項に及ぶため、①Fully retrospective approach を採用する場合の作成者(そして監査人)の負担はかなり重いのではないかと推測します。この点、スタッフペーパーでは、今回のFICEプロジェクトの目的はIAS32号を大きく変更することなくIAS32号の実務上の論点を解決することにあるとし、改訂は現行のIAS32号から大きく異なるものではないとしています。ただし、IAS32号が明確化していないことにより会計Firm(Big 4)でガイダンスが出ており、実務はこれに従って会計処理を行っており、各Firmのガイダンスにもばらつきがあるため、比較期間も含めて修正再表示する場合の影響や作成者の負担はかなり大きいのではないかと推測します。
改訂基準を遡及適用する場合、今まで負債として会計処理してきた金融商品を過去に遡って資本として会計処理しなければならなくなるケースや、今まで資本として会計処理してきた金融商品を過去に遡って負債として会計処理しなければならなくなるケースがあります。金融負債の場合は償却原価法又はFVTPLに分類され、PLが発生するとともに、期末の価額は再測定する必要があります。過去に負債として会計処理してきた金融商品を資本に変更する場合は、負債としての会計処理を取り消せばよいだけですが、資本として会計処理してきた金融商品を負債に変更する場合、過去に遡ってその時点における償却原価額や公正価値を新たに測定する必要が出てきます。IAS8号では、新しい会計基準を遡及適用する際にはHindsight(後知恵)の使用を禁止していますが、償却原価法もFVTPLもその時点における将来のキャッシュフローの見積りを反映する価額であるため、果たしてHindsightを使わずに過去に遡って償却原価やFVTPLを測定できるのかという問題があります。この点、スタッフペーパーでは、Hindsightを使わずに測定できる最も古い期間までを遡及適用の範囲とし、その時点における帳簿価額との差額を利益剰余金で認識することが記載されています。結果として、比較期間の修正再表示は行われず、②modified retrospective approachと同じ結果になる可能性もあるかもしれません。
また、今月の会議では、以下の移行規定についても暫定決定されています。
n 今まで資本として分類してきた金融商品を過去に遡って負債として会計処理する場合において、当該金融商品が償却原価法に分類される場合は当初認識時からの償却原価法の適用が要求されることになるが、償却原価法を遡及適用することが実務上困難である場合、表示される比較期間のうち最も古い期の期首の公正価値の値をその時点の償却原価法の価額とする。
n 条件付き決済条項が付いている金融商品が改訂基準を適用したことにより混合契約になる場合で、改訂基準を適用した時点で負債要素がもうすでに消滅している場合、負債要素と資本要素を分離すことを要求しない。
n 改訂基準を適用したことによる金融商品の分類の変更の内容とその金額を開示する。
n 改訂基準を適用したことによる勘定科目毎の調整額の影響の開示を要求するIAS8号28(f)の開示は要求しない。
n IAS34号(期中報告)に関する軽減措置は提供しない。
n IFRS1号(初度適用)に関する軽減措置は提供しない。
今後のプラン
今月の会議で移行規定も含めて議論がされ、予め設定されていた論点について一通りの議論が終わったことになります。IASBは2023年中の公開草案の公表を目標としており、今後は、公開草案をドラフトするに際して新たな論点が浮上した場合にIASB会議で議論がされることになります。