2024年3月のIASB会議において、IFRS9号及びIFRS7号の改訂の議論がされています(リンク)。

 はじめに

20236月のIFRICにおいて、電力購入契約(Power Purchase Agreement, PPA)に対するIFRS9号の自己使用の例外規定(own-use exception)の適用の可否が議論されました。

 IFRS9号の自己使用の例外規定とは?

 IFRS9号は金融商品の会計基準であり、従ってIFRS9号が適用される対象は金融商品に対してとなります。金融商品はIAS32号で定義されており、現金を受け取る契約上の権利や義務などがこれに該当します。先渡契約等のデリバティブも金融商品の一種ですが、デリバティブに該当するのは対象物(Underlying)が金融商品の場合です(例えば、A社株式100株を固定価格X円で購入する契約は先渡契約となりデリバティブに該当しますが、それはUnderlyingであるA社株式が金融商品であるためです)。

 ただしIAS32/IFRS9号では、対象物(Underlying)が金融商品でない(=非金融商品)場合であっても、あたかも金融商品であるかのように契約されていたり、あるいは取引されている場合は、当該契約を金融商品として会計処理するように要求する規定があります(IAS328項、IFRS92.4項)。 

 すなわちIAS32/IFRS9号は、以下の場合に適用されるとされています。

       非金融商品を購入又は売却する契約であり、かつ

       当該契約は現金又は他の金融商品により純額決済することができる。

 上記①の、非金融商品を購入又は売却する契約というのは、どこにでもある通常の購入契約・販売契約です。したがって②がポイントで、「契約を金融商品によって純額決済できる」の意味が問題となります。IAS32/IFRS9号では、「契約を金融商品によって純額決済できる」の意味するものとして以下が規定されており、下記のうちいずれかが該当する場合は「当該契約は金融商品によって純額決済できる」とされます。

(a)  当該契約の契約条件が、契約当事者に対して、現金又は他の金融商品での純額決済を許容している。

(b)  当該契約の契約条件からは純額決済が許容されているか否かが明確でない場合であっても、企業が過去に類似の契約を純額決済している事実がある。

(c)  企業が、類似の契約について、対象物である非金融商品を受け取った後、短期間の価格変動による利益やディーラーズマージンを獲得する目的で、すぐに売却をしている。

(d)  対象物である非金融商品が容易に現金に換金可能である。

 「契約が金融商品によって純額決済される」の意味は、非金融商品の売買契約において対象物の受け渡しをすることなく契約を履行又は解消/決済することをいいます。通常の非金融商品の売買契約では、対象物と対価の受け渡しがあります(グロス決済)。

 

これに対して、契約が金融商品によって純額決済される場合(上記の(a))、非金融商品の受け渡しは行われません。

 

金融商品による純額決済は、対象物の受け渡しがある場合でも可能です。上記(c)は、対象物を受け取った直後に売却するケースであり、経済的には、対象物を受け取らずに契約を純額決済するケースと同じといえます(購入直後の売却により、企業の手許には非金融商品は残らず、購入と売却の差額だけが残る)。

 

 ここで、「契約として純額決済できる」ということと、「企業が実際に純額決済をしている(していた)」は別の問題のはずです。そしてIFRSは、この点を区別し、たとえ純額決済ができる契約条件であっても、企業が実際には純額決済をしていない場合は、IFRS9号は適用されないとしています。これが自己使用の例外(own-use exception)です。すなわち、上記(a)(d)をみると、(a)については契約条件が純額決済を許容するか否かを問うており、企業が実際に純額決済をしているか否かは問うていません。また、(d)についても、対象物に市場(マーケット)があるかという対象物の性質として純額決済が可能か否か(対象物にマーケットがあれば、購入後直ぐの売却は可能)を問うておりこれも企業が実際に純額決済をしているか否かは問うていません。逆に、(b)(c)については、(b)は実際に企業が類似の契約で純額決済をしていたかを問うており、(c)については企業が類似の契約において対象物を購入直後に売却することで、企業が経済的に(実質的に)契約を純額決済していたかを問うています。

 したがってIAS32/IFRS9号では、上記(b)(c)に該当する場合は自己使用の例外規定は適用できず、IFRS9号が適用されることが確定します。一方で、(a)(d)に該当する場合でも、企業自身は純額決済をしていない場合、つまり純額決済が可能な対象物を購入又は売却する契約を締結しているものの企業自身は実際は純額決済をしていない(すなわち対象物を自己の使用のために購入/売却している)場合、IFRS9号は適用されないとしています(なお、この自己使用の例外規定が適用されIFRS9号の対象外になる場合であっても、会計上のミスマッチが低減できる場合は企業は自発的に当該契約をFVTPL指定することが可能です)。

 上記をまとめると、以下のとおりです。なお、非金融商品の売買契約がIAS32/IFRS9号の適用範囲に入る場合、当該契約はデリバティブとして会計処理されます。逆にIFRS9号が適用されない場合は、通常の購入・販売の会計処理が適用されます。


 電力購入契約(Power Purchase Agreement, PPA)に対する自己使用の例外規定の適用

 20236月のIFRICでは、PPAに自己使用の例外規定が適用されるか否かが議論されました。気候変動対応(GHG排出量のスコープ2対応)として企業が任意に再生可能エネルギーの購入契約を結ぶケースが増えており、そのような背景のもと、PPA契約に特有の以下の状況が自己使用の例外規定に該当するか否かが議論されました。なお、上記のとおり、自己使用の例外規定が適用されるためには、対象物と対価のグロス決済がされている必要があり、以下ではグロス決済がされている場合を前提としています。

 ケース1:発電された電力を発電された分だけ購入するPPA

 ケース1では、風力発電により発電された電力がそのまま企業に届けられるが、電力を購入する企業は夜間や週末等は稼働しておらず、企業自身が稼働していないタイミングで届けられた電力を企業は市場で売却する必要がある。契約締結時点において、一定の電力については購入後すぐに市場で売却しなければならないことが分かっている状況において、企業は自己使用の例外規定を適用できるか?

 ケース2:過去に締結したPPAの一部についての純額決済

 ケース2では、企業は過去にPPAを締結し自己使用の例外規定を適用しIFRS9号の適用範囲としていなかった。しかし、経済的・地政学的理由から電力使用量を縮小する必要があり、不要となった電力についてはPPAの一定割合をその時点の時価に基づき純額決済した。この場合、残りのPPA部分についても自己使用の例外規定は適用できなくなるか(すなわち、契約の金融商品による純額決済に該当し、以後は自己使用の例外規定を適用できなくなるか?)?

 ケース3:使用予定分を超過する購入電力の売却

 ケース3では、企業は再生可能エネルギーを購入するPPAを締結しているが、発電された分の電力が届けられるため、企業が使用する以上の電力が届けられる可能性があり、その場合、企業は当該電力を市場で売却する必要がある。すなわち、一定の状況下においては購入後直ぐの売却を行わないといけなくなるが、このことをもって自己使用の例外規定は適用できなくなるか?)?

 非金融商品が電力である場合の他にはない特徴

 IFRICでは、電力の購入については他の非金融商品にはない以下のような特徴があり、当該特徴が自己使用の例外規定の適用の検討を困難にしているとしています。

n   供給量を予測することが困難:再生可能エネルギーは自然によって発電されるため、自然の状況により発電される電力量が大きく変動し、購入者の電力需要量と乖離する

n   保管することができない:他の非金融商品とは異なり、届けられた電力は即座に使用する必要があり、使用できない場合にはペナルティーを回避する観点から市場で売却する必要がある(理論的には蓄電の手段はあるが、現時点では経済的ではない)。

 IFRICの結論

 IFRICの結論としては、PPAに自己使用の例外規定を適用するに際して、IFRS9号は以下の点について明確ではないとし、本件はIASBで検討すべきとされました。

n   自己使用の例外規定の適用を検討するに際して、どの程度、当該非金融商品が売買される市場の構造を考慮すべきか。すなわち、電力のように、使用しなければ即座に売却しなければならない非金融商品の場合、この事実をどのように考えるべきか。

n   電力の購入のように、常にコンスタントに購入し続けられる非金融商品の場合、自己使用の例外規定の適用を検討する期間をどのように考えるべきか。

n   電力を購入した直後の市場での売却が、どの程度自己使用の例外規定の適用の検討に影響するか。例えば、売却する電力量が購入電力量に比して僅少な場合は問題とならないと考えることはできるか。

 IASBでの議論

 20237月のIASB会議において、IFRICの議論を受けた検討が行われ、「電力購入契約(PPA)」というリサーチプロジェクトが新たに追加されることが決定されました。リサーチの対象は、対象物の受け渡し(グロス決済)が行われるPPAについての自己使用の例外規定の適用検討だけでなく、Virtual PPA(グロス決済が行われず、契約で合意した固定価格と現在の電力価格の差額のみを決済する契約で、契約の金融商品による純額決済に該当するためデリバティブとして会計処理されるPPA)について、これをヘッジ手段に用いることの可能性の適用検討も含められました。これは、グロス決済が行われるか否かは、企業が所在する法域における電力市場の構造によって決まってしまい企業に選択の余地がないものであるため、Virtual PPAについて何らの手当もない場合は、デリバティブとしての会計処理のみが強制され、通常のPPAに自己使用の例外規定が適用されデリバティブが回避される企業に比べて会計上不利な立場になってしまうことを避けたいという考えが背景にあります。すなわち、

n   通常のPPA(グロス決済がされるPhysical PPA)⇒自己使用の例外の適用可能性を検討することによる、デリバティブ会計処理の回避可能性の検討

n   Virtual PPA(グロス決済が行われず現金のみのやりとりが行われるPPA)⇒デリバティブとして会計処理されることは避けられないが、当該デリバティブをヘッジ手段として指定することによりPLへの変動を回避する可能性の検討