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はじめに
2024年1月のIASB会議では、2023年7月にコメントが締め切られたIFRS9号の分類と測定の公開草案について寄せられたコメント対応が議論され、公開草案の修正が暫定決定されました。
ESG特性を有する金融資産等についてのSPPI判定
ESG特性を有する金融資産についてどのようにSPPI要件を適用すべきかという論点で、IASBボードメンバーとしてもESG特性を有する金融資産はSPPI要件を満たして償却原価とすることが望ましいと考えるものの、IFRS9号の原則規定の中でどのように整理するかが議論のポイントになっていました。
議論の前提となっているESG特性を有する金融資産とは、契約で特定されたESGターゲットを借手が満たすか否かにより金利が変動する金融資産をいいます。そして、当該ESGターゲットの達成の可否による金利の変動(ここで議論しているCF特性)は、IFRS9号B4.1.18項で規定されているde minimis(僅少)の要件を満たさないことが前提になっています。
SPPI要件を満たす金融資産の契約条件は基本的な貸付契約(basic lending arrangement)に整合的であるとされています。それを踏まえ、公開草案では、契約上のCFの変動が基本的な貸付契約のリスクやコスト(basic lending risk or
cost)の変動の方向性や規模に整合していない場合にはSPPIを満たさないとされていました。
また、IFRS9.B4.1.10項では、不確実な事象の発生/不発生によりCFの金額又はタイミングが変化する場合のSPPI判定が規定されていますが、公開草案では、ESG特性を有する金融資産への対応として、契約上のCFの変動が基本的な貸付契約(basic lending arrangement)と整合であるためには、不確実な事象の発生/不発生が借入人に特有のものでなければならないという規定が含まれていました。
上記の2点に関しては以下のコメントが寄せられていました。
n ESGターゲットの達成の可否による金利の変動が基本的な貸付契約のリスクやコストの変動の大きさと整合していなければならないという点について、具体的にこれをどのように判定するのか
n 不確実な事象の発生/不発生が借入人に特有でなければならないという点について、例えば、スコープ3GHG排出量の削減により金利が変動する場合等、借入人よりも広い企業を対象にESG要件が設定されている場合、SPPI要件は満たさないことになるのか
上記のコメントに対する対応として、IASBは2023年10月及び当月の会議における議論を踏まえて、ESG特性により金利が変動する金融資産等のSPPI判定については以下のとおり整理することを暫定決定しました。以下の規定はESG特性を有する金融資産だけでなく、不確実な事象の発生/不発生により契約上のCFの金額又はタイミングが変動する金融資産について適用されます。
n 契約上のCFが変動する場合、当該変動は基本的な貸付契約のリスクやコストの変動とその方向性が一致していなければならない。SPPI要件は、貸付人が受け取るリターンが何のリスクを引き受けたことの結果なのかに注目するものであり、当該リスクを引き受けるためにいくらのリターンを受け取っているのかは検討に影響を与えない。ただし、受け取っているリターンの大きさは貸付人が基本的な貸付契約のリスクやコスト以外のものを受け取っていることを示す指標となることがある。
n 不確実な事象の性質(nature)が基本的な貸付契約のリスクやコストの変動と直接関連しない場合であっても、以下の全ての要件を満たす場合にはSPPI要件を満たす。
1 不確実な事象の発生可能性にかかわらず、当該不確実な事象の発生の前後における契約上のCFがともにSPPI要件を満たす。
2 不確実な事象の発生/不発生による(変動後の)CFは、当該不確実な事象を有しない類似の金融資産の契約上のCFと著しく異ならない(not significantly different)。
3 不確実な事象の発生/不発生による(変動後の)CFは、特定の資産又はCFへの投資には該当しない。
上記の1については、以下の図のように不確実な事象の発生の前後の契約上のCFがそれ単独でみてSPPIを満たす場合に満たされます。2については、起こりえる不確実性の全てのシナリオにおいて、当該不確実性を有さない金融資産とのCFとの違いが著しく異ならない場合に満たされるとされています。実務上は、変動前と変動後のCFを比較することになるように思われます。この場合、現在マーケットで取引されているESG特性を有する金融資産の金利の調整は非常に僅少であるため、2は自動的に満たされると考えられます。3は借手に対する直接投資(借手へのEquity投資や借手の収益に連動する投資)でないことを要求しているに過ぎず、通常のSPPI要件で求められているものと同じものです。
結論として、ESG特性を有する金融資産については、原則としてSPPIを満たされるように整理がされたといえます。前述のとおり、結論ありきの議論といえますが、IFRS9号の原則規定への当てはめをするにあたっては以下の点が注目に値します。
IFRS9.B4.1.10項では、不確実性の発生/不発生により契約上のCFの金額又はタイミングが変動する場合の取り扱いが規定されており、企業は契約の全期間を通じてSPPI要件を満たすか否かを検討しなければならならないとされています。当該検討においては、①変更の前後のCFがともにSPPI要件を満たすか、②不確実性の発生/不発生そのものは契約上のCFがSPPI要件を満たすか否かの決定的要因とはならないが指標とはなる、とされています。そして、以下の2つの例が示されています。
1. 借手が支払日に支払を行わなかったことが複数回続いたことにより金利が上昇する金融資産
2. 特定の株式指数がターゲットに到達したことにより金利が上昇する金融資産
ここで、IFRS9.B4.1.10項では、上記1のケースの方が上記2のケースよりもSPPI要件を満たす可能性が高いと言っており、上記2のケースがSPPI要件を満たさないとは言っていません。今回の議論の対象となっているESGターゲットを満たしたか否かにより金利が変動する金融資産は上記2のケースに近いものですが、IFRS9.B4.1.10項は上記2についてSPPI要件を満たさないとは結論付けていないものの、どのような場合にSPPI要件を満たすとも言っていません。
したがって、今回のIFRS9号の改訂は、ESG特性を有する金融資産についてSPPI要件を満たすという結論をIFRS9. B4.1.10項に従った形で整理するとともに、上記2のケースでもどのような場合であればSPPI要件を満たすのかを明示するものとなりました。
なお、不確実な事象の発生/不発生による(変更後の)CFが当該不確実性を有さない類似の金融資産のCFと比較して著しく異ならないという要件は、当該不確実性の発生/不発生による契約上のCFへの影響が当該金融資産を公正価値で評価することが必要なほど重要ではない(=依然として償却原価で測定する方が適切である)という観点から設けられています。
契約上リンクした金融資産(CLI) vs ノンリコース
今月の会議ではCLI とノンリコースの区別に関して寄せられた公開草案に対するコメント対応も議論されました。
ノンリコースとはIFRS9号においてCF特性の1つとされたもので、ノンリコースローンという言葉があるように、特定の資産から生じるCFのみを回収原資とする金融資産の性質を指します。特徴としては、特定の資産が十分なCFを生み出せずCFが足りなくなったとしても、債務者への請求ができないものを言います。
公開草案では、ノンリコースローンに対するSPPI要件の適用方法が整理されました。ノンリコースローンはCFの回収原資が特定の資産に限定されていることから、契約上のCFが特定の資産への投資(そのもの)になっていないかがポイントになります。特定の資産が生み出すCFに連動する形でノンリコースローンのCFが変動する場合はSPPI要件を満たしませんし、特定の資産が生み出すCFではノンリコースローンの元本が棄損する場合(ノンリコースローンの場合、シニアローン以外に劣後ローンや資本が入ることが通常であるが、これら損失を吸収する持分が僅少であるとシニアローンの元本が棄損する)もSPPI要件を満たしません。
CLIについては、公開草案においてCLIがどのような場合に適用されるのかが明確化されました。
CLIとノンリコースの最大の違いは、CLIではアセットプールの資産が十分なCFを生み出せない場合、各ホルダー(シニア・メザニン・ジュニア等)の契約上のCFが非対称に削減される一方、ノンリコースにおいてはそのような契約上のCFの削減が行われない点が以前のIASB会議において明確化されていました。公開草案ではこの点に関してIFRS9号への追記/修正がされておらず公開草案へのコメントとしてこれを明記すべきだというコメントがありましたが、今月の会議では、現状のIFRS9.B.4.1.20項において既にこの考えが含まれているということが示されています。ただし、最終基準書ではより明確化をするとのことです。
おわりに
公開草案へのコメント対応としては、今月の会議でテクニカルな議論を終え、今後のIASB会議において適用時期や移行規定を議論する予定です。