はじめに

20243月のIASB会議において、電力購入契約(Power Purchase Agreements)に関してIFRS9号及びIFRS7号を改訂する旨の公開草案を公表することが暫定決定されました。

 PPAについては、20236月のIFRICIFRS9号の自己使用の例外規定の適用有無についての質問が寄せられましたがIFRICでは結論が出ず、20237月のIASBで「電力購入契約(Power Purchase Agreements)」プロジェクトを開始することが決定され、その後のIASB会議において審議が行われてきました。

 20243月のIASB会議においては、今までのIASBでの議論を踏まえて、公開草案に含める改訂の提案事項が暫定決定されました。論点の所在については、こちら(「電力購入契約」リサーチプロジェクトが決定(2023年7月のIASB会議))の解説をご参照ください。

改訂の全体像

今回の改訂の全体像は以下の図のとおりです。


まず、提案されている適用対象は、「再生可能エネルギーに関する電力契約」となっており、再生可能エネルギー以外の電力契約は改訂の適用対象となっていません。

 電力購入契約(Power Purchase Agreements, PPA)は、電力の買手と電力の売手の間の2社間契約ですが、2社間で実際に電力の受け渡しを行う(=グロス決済される)Physical PPAと、2社間では電力の受け渡しを行わず約定価格とスポット価格(電力の市場価格)の差分のみを現金で決済する(=純額決済される)Virtual PPAに分かれます。グロス決済される契約の電力の買手においては、非金融商品の受け取りをするものの、実質的に貯蔵ができないという電力の性質から未使用の電力を即座に市場で売却することがIFRS9号の自己使用の例外規定に抵触することが懸念されていました。そのため今回の改訂において、一定の要件を満たすことを条件に、IFRS9号の自己使用の例外規定を満たすことが提案されています。一方で、グロス決済される場合の電力の売手については、自ら発電したものを売却している取引であるため、実務上、自己使用の例外規定で問題となる点がないため、改訂の対象とはなっていません。

 純額決済契約(Virtual PPA)は、電力の買手も売手も、IFRS9号適用上はデリバティブとして会計処理する必要があり、デリバティブは原則としてFVTPL(公正価値で測定し公正価値変動をPLで認識)で会計処理する必要がありますが、このような純額決済契約(Virtual PPA)は、当該企業の他の(通常市場における)電力購入又は売却取引のヘッジとして行われていることが通常であるところ、現状のIFRS9号では予定取引の数量(ボリューム)を明確に特定できないとヘッジ会計を適用できないことになっているため(この点はIFRICで議論されました)、IFRS9号のヘッジ会計の要件を緩和しこのような取引にもヘッジ会計を適用できるようにすることが提案されています。なお、上図において、買手も売手もグロス決済契約からIFRS9号(ヘッジ会計)改訂へ点線が出ているのは、グロス決済契約でも自己使用の例外規定の要件を満たせず(又は純額決済されるがゆえに)当該契約がデリバティブ(FVTPL)として会計処理される場合でも、依然としてヘッジ会計の改訂の要件を満たすことができればヘッジ会計を適用できることがあるためです(この場合、ヘッジ対象とヘッジ手段が同一の契約となるAll-in-oneキャッシュフローヘッジが適用されます)。

 また、改訂対象となる契約については、IFRS7号(『金融商品の開示』)の改訂も提案されています。

 買手のグロス決済契約にIFRS9号の自己使用の例外規定が適用される場合、電力が実際に購入された際に電力の仕入れ(購入)を会計処理することになり、契約の公正価値評価はされません(実際に電力が購入される前は何も会計処理がされない)。一方で、買手の純額決済契約が、当該買手のスポット市場との電力購入取引の市場価格変動を固定化している場合、当該取引にキャッシュフローヘッジ会計が適用できれば購入価格を固定しているという取引の実態が会計処理に反映できることになります(電力の仕入価格は、固定価格に基づき認識され、グロス決済契約の場合と同額となります。ただしそれでも、純額決済契約の公正価値はBS上で認識・測定する必要があり、その公正価値変動はOCIで認識されます。つまりPL変動は回避されますがBS変動は回避されません)。契約がグロス決済されるか、純額決済されるかは、企業の任意で選択できることではなく企業が活動する電力市場における環境により決まることが通常であり、したがってそのような状況において、グロス決済契約と純額決済契約が実質的に同様の会計処理となることが望まれた結果、グロス決済については自己使用の例外規定の改訂が、純額決済についてはヘッジ会計の改訂がそれぞれ提案されています。

 

改訂のスコープ

今回の改訂のスコープについては、以下のとおり暫定決定されました。

 改訂のスコープは、「再生可能エネルギーの電力契約」に限定し、以下の2要件を満たす必要があるとされています。

n   再生可能電力は自然により作られるものであり、その供給は特定の時間においてまたは特定の量が保証されていない。自然の例としては、風、太陽光、水力がある。

n   売手が創出した電力を買手が購入する契約(pass-as-produced)を通じて、買手は実質的に全ての数量リスク(Volumeリスク)を負っている。数量リスク(Volumeリスク)とは、創出された電力量が、その時点における買手の需要量と一致しないリスクをいう。

買手のグロス決済契約に対する自己使用の例外規定の改訂

IFRS92.4項の自己使用の例外規定の要件を適用するにあたっては、再生可能エネルギーの買手は、契約の開始時及びその後の契約の残期間を通じて、以下を考慮することを要求することが提案されています。

n   契約の目的やデザイン及び構造、契約において購入が予定される数量が依然として契約の残期間における当該買手が予定する購入又は使用の要求と整合しているか

n   過去及び将来において見込まれる未使用の再生可能電力の売却の理由、及び当該売却が当該買手が予定する購入又は使用の要求と整合しているか。売却は以下の場合において企業の予定する購入又は使用の要求と整合している。

1) 売却は、企業が受け取った再生可能電力とその時点における企業の需要のミスマッチから生じている

2) 再生可能電力が取引される市場のデザイン及び取引により、企業は売却するタイミングや売却価格ついて決定する実務上の能力を有していない

3) 企業は、売却した再生可能電力を売却から合理的な期間後に再購入することを予定している

ヘッジ会計についての改訂

PPA)が該当しますが、上記のとおりグロス決済契約がFVTPLとして会計処理される場合も含みます)、以下の要件を満たす場合、企業は将来の予定される再生可能電力の購入又は売却について、変動量をヘッジ対象として指定することを認めることが提案されています。

n   ヘッジ対象の変動量は、ヘッジ手段の変動量の一定パーセントとして指定されている

n   キャッシュフローヘッジの非有効の測定において仮想デリバティブ法を用いる場合、仮想デリバティブの測定においてヘッジ手段の変動量を用いる(IFRS9号の原則は、仮想デリバティブの測定においてはヘッジ対象の要素のみを用いて測定することが要求されており、したがってヘッジ手段のみに存在しヘッジ対象には存在しない要素を用いて仮想デリバティブを測定することは認められていないがこれを緩和する。したがって、その他の要素はヘッジ対象にのみ存在するもののみを用いる)。

n   買手については、当該買手がヘッジ対象として指定した変動量を超える将来発生する可能性の高い予定購入取引を十分に有している場合は、ヘッジ対象として指定された予定購入取引は、発生する可能性が高い。

n   売手については、指定された売却取引は必ず発生するため、ヘッジ対象として指定された予定売却取引は、発生する可能性が高い必要はない。

IFRS7号(金融商品の開示)についての改訂

IFRS7号については、再生可能電力契約が企業の業績やキャッシュフローに与える影響を財務諸表利用者が理解できることを求める開示の目的を新設するとともに、以下について開示することを要求することを暫定決定しています。

n   再生可能電力契約の契約条件。例えば、契約期間、契約の価格のタイプ(価格調整条項が含まれているかを含む)、最低又は最高ボリューム条項、キャンセル条項、Renewable Energy Credits (REC)を含むか否か。

n   当期におけるネット購入した電力量又は純額決済された電力量そして重要なボリュームの差異についての説明。このような企業については、当期における平均市場単価も開示する。

n   当期末における契約の公正価値(IFRS1393(g)-93(h)も一緒に)又は契約に関する以下の情報を開示する

1) 企業が契約の残期間において購入又は売却する予定の再生可能電力量。当該情報は、1年以内、1年超5年以内、5年超に分けて開示する。

2) 上記1の算定方法及び算定仮定。過年度から算定方法又は算定仮定を変更した場合はその内容及びその理由。

移行規定

当該改訂についての移行規定(Transition Requirements)は以下のとおり提案されています。

n   IFRS9号の自己使用の例外規定の改訂については、遡及適用を原則とするものの、比較年度について修正再表示を要求することはしない。比較年度について修正再表示しない場合は改訂を適用する初年度の期首の利益剰余金で影響額を調整する。

n   IFRS9号のヘッジ会計の改訂については、将来に向けて改訂を適用する。ただし、改訂を適用する初年度において、すでに適用済みのヘッジ会計のヘッジ対象の変更を行ったとしてもヘッジ会計の中止とはしない。

n   改訂を適用することに伴う調整額の開示を要求するIAS828(f)は適用しない。

n   改訂の早期適用を認める(その場合は早期適用の事実を開示する)。

n   初度適用企業には移行規定は適用されない。

おわりに

再生可能電力契約の公開草案は20245月に公表される予定です。